第81話 終息

「以上が、僕の方であった一連の事件の話だ。色々と気になることはあるだろうけど、とりあえず理解してくれると助かる」

「言わずもがな。だがやはり、疑問は溜まる一方だな」


 事件から数日が経ち、やっとこさ慌ただしい復旧作業にも目処が立ち始めていた。

 あの日、悪魔との激戦を終えた俺の前に現れた、手負いのクレイウスと共に、短めの演説を行い、混乱を未然に防止させた。

 演説の内容は、高等学舎の復旧工事についてだった。生徒たちの伝手やコネを用いて、物資の調達や労働力の確保などを行わせたのだ。

 地震や津波、台風などといった自然災害の多い日本に生きた俺は、災害復旧に様々な人間が携わる必要がある事を知っている。

 である以上、俺は生徒たちに、高等学舎側に復旧を一任させてほしくなかった。自分たちで復旧作業を行うという、主体性のある行動を求めたかった。

 なので俺は、図面の書き出しと予算の一部の出費、クレイウスは予算管理と予算の約三割の出費を行い、残りの作業は生徒たちにも携わらせた。

 勿論、教員との共同作業になるし、土木工事には体力だっている。そういった、今まで表面状に出てこなかった実力が、少しだけ見え隠れしたのは喜ばしかった。

 ……まあ、勿論そんな綺麗事ばかりで、図面の書き出しとかまで請け負ったわけではないが。思惑もあるが、それでも結果があるのならば文句はないだろう。

 その後、俺は演説を終えると同時に気を失った。流石に血を流しすぎたようだ。

 リディアも、クレオ兄さんに掛け合って予算の確保に一役買ったようだ。そのほかの貴族たちも、予算の負担を請け負ってくれた。

 そんな訳で、順調に復旧作業が始まり、数日後には工事も始まるようだ。そうなれば、俺たちも人手として駆り出されるだろう。


 襲撃を受けた高等学舎の中で、唯一無事だったのは、俺の研究所ラボだった。

 有事の際に自動で《聖域守護結界アヴァロン・インターセプト》が発動するようにしておいたので、悪魔の召喚した異形たちによる被害から免れたのだ。

 そして現在、この場所では、俺とクレイウス、そしてメイドのイデアの三人で、一連の事件の情報を示し合わせているのである。


「まあ、およそ敵については見えてきたな」

「そうだね。大悪魔アズメルクに、《紅艶魅将》と名乗る《夜夢王リリス》のレイチェル・アーデリッヒ。そしてサイラス・クライスの用いた《魔神器》、《叛龗の瘡刄ラクシュリベリ》」

「間違いなく、敵側に魔界の連中が関わっているだろうな」


 悪魔や淫魔族サキュバスは、全て魔界に存在する者たちだ。

 一般的に、人々の間では魔界の民を広義として「魔族」と呼称している。そして魔族の中でも限られた者たちが用いる強大無比の武装を《魔神器》と呼んだりする。

 悪魔の用いた《腐死の鰲棘イヴェラカルス》や、サイラスの使ったという《叛龗の瘡刄ラクシュリベリ》がそれに該当する。

 ちなみに余談だが、《腐死の鰲棘イヴェラカルス》は回収済みである。

 ここまで情報が揃うと、今回は敵にしてやられたことばかりだったことが浮き彫りになってくる。


「今回は敵に翻弄されて後手に回った訳だが——そうまでして、敵が手に入れようとしていたっていう《櫃石》ってのは、一体何なんだ?」

「まあ、それが今回の鍵になるね」


 クレイウスが静かに頷き、イデアの淹れた紅茶を啜る。俺はコーヒーを淹れてもらった。悔しいことに、やはり美味い。

 カップを皿に置き、手を組んで前傾になった。


「実のところね、《櫃石》というのが何なのかは、僕も、それに王宮もよく分かっていないんだ」

「……何? 王宮も?」

「うん。ただ、王宮からは、絶対に死守しなければならないとは伝えられている。避けなければならない災禍を招くとされているらしいのでね」

「成る程な」


 つまり、敵の当座の目的は、「人類が避けなければならない災禍」とやらを引き起こすことで間違い無いだろう。

 今回は、高等学舎にいる俺を利用して、感情を支配したシルベスタを動かして悪魔を呼び出させた。生き返ったあの時の言動が本来のアイツの性格だとすると、十歳の時には既に感情を操られていた可能性もある。

 だがやはり、シルベスタは駒として使われたとみるべきだろう。クレイウスの話では、この高等学舎の地下にある《櫃石》の封印の地に辿り着くには、王族の血液が必要であることは間違いないようなので、そのためだけに用いられたようだ。

 時間を照らし合わせれば、悪魔が槍を発生させる直前あたりでサイラスたちに逃走を許しているようだから、《吸収再生》の能力を持つ《腐死の鰲棘イヴェラカルス》の特徴とも合致する。大気中の魔力を根こそぎ吸い上げていく魔槍は、淫魔族サキュバスの能力を用いた作戦との相性は致命的だ。悪魔とサイラスたちは同じ側の存在だったのだろうな。


「今後の方針はどうなるんだ?」

「それに関しては、いよいよ王宮も動き出すようだよ。『りっけんかい』が数日後に急遽行われることになったようだし。流石にシルベスタが死んだ以上、重い腰を上げざるを得ないんじゃ無いかな?」

「であることが望ましいな。ただ、そうなってくると負担を嫌う連中が出てきそうだが」

「それを抑えられるのは、僕らだけだよ」


 どうやら王宮も一筋縄ではいかないようで、国家内のトラブルからは逃げ出そうとするものが多いらしい。

 六権会議とは、王宮内で開かれる緊急集会のことだ。六つの権力者たちが一堂に集うことから名前がつけられたそうだが、要は国の中枢機関の集まりである。

 そして当然、俺たち《大魔導》も参加せざるを得ない。俺たちの持つ独立大権もまた、六権の一つだからな。

 と、その時。


「ん、揺れてる?」

「珍しいね、地震なんて」


 小さめの地震があった。この程度の揺れなら、震度は一くらいか。この世界の地学にプレートテクトニクスという考えは存在していないが、それでも地震は起こる。

 そして勿論、俺の研究所ラボは耐震構造なので倒壊の危険性は少ない。安心感があっていい。

 震源を求めるには地震計などが必要だが、今度暇があれば作ってみようか。


 タイミングよく話が逸れたので、この辺りでお開きとなった。

 玄関で別れる直前、クレイウスが振り返った。


「そういえば、の方は?」

「第一休学期の時を予定はしている。メンバーはまだ決めてない」

「そうかい。まあ、出来るだけ早いうちに頼むよ。僕より君の方が適任だからね」


 そう言って、クレイウスは去っていった。

 何があったかと問われれば、単に面倒ごとを押し付けられただけである。しかし俺の興味を引くものでもあった。


     ——————————


 クレイウスを見送り、俺は階段を用いて地下に降りた。階段には「関係者以外立ち入り禁止」の張り紙が貼られ、監視カメラまで取り付けられている。

 ここまで厳重に管理しているのは、この奥の部屋、すなわち地下室が、俺のあまり見られたくないものが大量に保管されているからだ。

 光の差し込まない暗い廊下。タッチパネルに魔力を注ぎ、ライトを点灯させる。ここではこういった、オーバーテクノロジーばかりが身を潜めているのである。

 解剖された動物の資料や、魔導細胞の研究の際に生まれた魔獣の研究データ、骨格標本。遺跡島で俺が新しく発見した壁画などの原本など、あまり日の目に晒したく無いものばかりがそこには保管されている。

 そしてその一室、厳重に閉ざされた部屋の中に、目的のものが保管されている。

 俺の到着に反応して、扉が自動で開かれる。その先には、無数の巨大な培養槽が置かれていた。

 手前側の一つの培養槽。緑がかった培養液の中にあるのは、異形の獣。興味本心で作ってみた合成獣キメラのモデルだ。

 流石にこればかりは、生態兵器の開発のような事態を起こしているので、途中で凍結された研究だったりする。

 隣の培養槽には、バラバラに分解されたゴーレム。神経のように張り巡らされた人工の魔力回路で繋ぎ止められている。これも流石に凍結した研究だ。

 とまあ、このように人目には絶対に入れてはいけないものばかりが、地下には存在している。特に、倫理的に危険な生物学関連の資料が多い。

 そしてその中の一つに、目的のものが入っていた。


 異形の魔槍——《腐死の鰲棘イヴェラカルス》だ。


 いくつか計器が取り付けられ、常に多くの情報を記録している。この辺りは俺の生み出したコンピュータの恩恵だ。

 そしてそこには、クレアもいた。


「相変わらずここが好きなのな、お前」

「生命を侮辱するようなものばかりじゃが、それはそれで、妾も興味を引かれるでな」


 クッキーを片手に、幼女はコロコロと笑う。


「お前の立場からしたら、嫌なものじゃないのか?」

「まあ、それはあるにはあるが。じゃが同時に、主が生命の神秘に心惹かれた証でもあろう? 好みはせぬが、決して嫌いもせぬわ」


 そう言ってクッキーを口に運ぶ。俺は近づいて、その手元に下げられた袋の中のクッキーを一つ、口に運んだ。しっとりとした甘味がいい具合だ。


「それでどうじゃ? あの優男との話は。進捗はあったのかの?」

「現状は敵の力量に未知数な点が多いから手出しはできないってのが現状だな。まあ一週間もすれば、王国側の動きも決定するようだから、それで変わることも多いだろうな」


 クレアにとっても、今回の敵襲は看過できないものが多かった。悪魔や淫魔族サキュバスなど、魔界の連中が干渉している以上、《命護龍》として排除せねばならないからだ。

 加えて、俺と契約している以上、俺の動向はかなりクレアの行動を制限することになる。それを理解しているからこそ、クレアも俺たちの動向に気を配っているのだ。

 伝説の龍が、人間の動向に行動を左右されるというのは、歯痒い思いもあるだろうが、我慢してもらうしかない。


 これが、一連の騒動で起きた影響の全てである。それももう少しすれば、次第に終息しだすだろう。


 そして俺は、同時に研究の最終テーマを決めた。

《命護龍ゼルクレア》、悪魔、淫魔族サキュバス。この世界は、あまりに多くの謎に溢れている。

 そしてそれは、最も大きな疑問である、俺の転生の理由へも直結する可能性があった。


 俺の定めた最終目標。それは、この世界の歩んだ歴史を暴くこと。

 神、《大星霊》、龍、人、魔族、天界と魔界、神話……。

 この世界は、それら全ての要素が複雑に絡み合っている。

 ならばこそ、俺はその全てを暴き、白日のもとに晒して見せよう。そして、俺の転生の理由すらも解明してみせる。


 それこそが、俺の掲げる最終目標だ。

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