第59話 共同研究
王都の高等学舎には、食堂が二つ存在する。生徒用と教職員用の二つだ。
基本的に生徒用はとても混雑し、広々と場所をとっていても、なお溢れんばかりに人が集まる。
理由は簡単。ここの食堂の料理が美味いからだ。
在校生の総数は少ないものの、格安で美味い飯が食えるのならばと集まる人たちの数は凄まじく、結果、人が溢れそうになるという事態になる。
ちなみに、俺たち教職員用の食堂はもはやカフェスペース。優雅なひと時を味わえるし、その分値段も上がる。この辺りは、理事長職がクレイウスに変わってから改装されたようで、まだ新築のように綺麗な内装である。俺もたまに昼食に利用させてもらっている。
研究室に所属する室員は在校生に該当しているため、職員用は使えない。よって、在校生の集まる生徒用の食堂にわざわざやってきた訳なのだが……。
「……いや、席無くね?」
「いやぁ〜、やっぱりここの人口密集度合いは相変わらずだね。改装案も出てるんだけど、いかんせん予算が付かないんだよなぁ……」
「コレは感染症なんかが出たら即学舎全体に広がるレベルだな……」
俺とクレイウスが、それぞれ感想を述べる。最後のは俺の独り言。
慣れた手つきで食券を購入する同行者たちの後ろに並び、順番が来るのを待つ。今はちょうど昼休憩。生徒たちの数も凄まじく、話し声で溢れている。
食券の販売は、流石に機械で全自動、とはいかないので、専用のブースに販売員がいる。俺はトルカという料理を頼む。キーマカレーみたいな南方の特産で、とても美味い。
俺とクレイウス以外のメンバーはここにも来慣れているのかとても速やかに作業している。前世の知識を頼りに流れにギリギリで追いついている俺を他所目に、他のメンバーが席を確保しているのを見つけた。仕事が早くて助かる。
食券を買った後は、レーンに並んで順番待ち。厨房のスタッフが料理を運んでくるのを待ちながら、自分の注文した料理をトレーに乗せて席についていく。
そうして全員が席に着くと、九人もの大所帯が完成した。ただでさえ人数が多くて目立つのに、クレイウスと俺まで混じっているのだから、周囲からの視線が釘付けだ。
相変わらず一方的に向けられる視線に慣れていない俺は、少し縮こまりながら、テーブルに向かい合って座るラーファを見据える。
焼き魚の定食を優雅に頬張りながら、俺の話を聞き入っていた彼女は、咀嚼していたものを飲み込むとナフキンで口を軽く拭う。
「なるほどな。だから私のところに来たというのか」
「そういうことだな。現状、俺は仮説を立てる段階で止まっていて、そこから進むのに必要な知識に乏しい、って訳だ」
そう言い切って、トルカを口の中に放り込む。食欲を刺激するスパイスの香りと、ひよこ豆の絶妙な味わいが堪らない。
ちなみに辛さは強め。辛いものは前世から好物である。
ラーファはなるほど、と頷くと、即座に切り返してきた。
「それで? 私を頼って、何をする算段なんだ?」
「あくまでも提案だ。俺の仮説を実証する形でお前が実験を進める。これによって求められた結論を俺たちの共同研究の成果として発表する。どうだ?」
正直、この提案で俺たちが得られるものは共に少ない。
俺が得られるものは、研究の結果と論文の材料。論文は定期的に学会に提出しておかないと予算が降りてこないので注意が必要だ。
研究職が給料に乏しいのは、前世でも同様なので、収入を得られる経路はキチンと確保し続けなければならないことは理解している。
ラーファが得られるものは、同じく研究結果と名声くらいだろうか。あるいは成果以外ないかもしれない。得られる名声は、「俺と共同研究を行った研究者」というものだろう。
間違ってはいけないのは、この研究に需要はほぼ無いことだ。仮に魔石の人口生産の方法が確立できたとしても、生産経費の方が上回ってしまえば話にならない。
詰まるところ、俺たちがこの研究を進める必要は、ほとんどどこにも無い。まして彼女がそれに協力する必要性もあまりない。
こればかりは、彼女の気質に寄るだろうな。
俺の提案を聞きいれると、ラーファはしばし黙り込む。少しすると、静かに口を開いた。
「分かった。その提案、聞き届けよう」
「……自分で言っておいてあれだが、拒否しない理由は何だ?」
俺の無作法な質問。口にしてからハッと気付くが、時すでに遅し。
だがラーファは全く意に介さず、真摯に答える。
「私の研究室は、もはや私だけのものではない。私のもとにいてくれる室員だっている。彼らのことを考えれば、研究室全体に利益の生じるこの提案を飲まない理由はない。私個人の私怨など、他人の人生を左右できるほど大きなものでもないからな」
「……そういうことか」
成程。俺の思っていた以上に、彼女は他人のことを考えられる人間だったんだな。
自分のことより他人を優先する。簡単な様で、実は簡単にはできないこと。たとえ偽善であろうと、それが善性であることに変わりない。
……なんだか、そんなことを気にしていた俺の方が幼稚に見えてきてしまうな。
「分かった。とりあえず俺の方からは、これまでの研究で得たデータを提供しよう。後のことは?」
「それはこちらでやっておく。状況によっては資料もいくつか貰うかもしれないからな」
「了解。んじゃ、そういう訳で、改めてよろしく」
にこやかに手を伸ばす。それをラーファは鬱陶しそうに人睨みすると、食べ終えた食器を下げに席を離れていった。後には虚しく、差し出した右手だけが残される。
隣の席の大人から、クスクスという笑い声。
「……プフッ。完全に無視されてるし……!」
「……クレイウス」
「なんだい、哀れで惨めな恥っかきさん?」
「……一つ、資料を集めて貰う」
「え、それは構わないけど。わざわざ忠告するほど?」
するりと。
最近懐に温め続けていた一枚の紙を、彼の手に乗せる。
四分に折り畳まれた紙切れを開いた瞬間に、サッ、と顔が蒼白になったのを見逃さない。
「え、ちょっと待って? これを集めろと……?」
「当たり前だ。研究資料を集めるのも、お前との契約の一つだろう?」
「いやそうだけど! そうだけれども! これは流石に無理があるでしょ!?」
「そこは天下の《大魔導》だろ。どうにかして上手く集めろよ」
「それは君も変わらないでしょ!? というか無理だよ!? 四大公爵家相手に交渉とか無理があるけど!?」
死ぬほど喚く大の大人を見ると、なんだか虚しくなってくる。
この男の実年齢はよく知らないが、俺(中身)よりも上だとすれば、ものすごく惨めなものだ。
そんな大人を尻目に、食器を下げるべく立ち上がると、他の奴らも立ち上がった。全員がコイツを見捨てる決断をしたようだ。英断だな。
窓口へと向かう途中で、不意にアイリスがあっ! と声を上げた。
「そういえばアルーゼ。対面式の時のこと、覚えてる?」
「覚えてるには覚えてるが……それがどうかしたか?」
「ほら、あの時。サレーネを助けに出る直前に、私に言ったことあったでしょ?」
そういえばそんなことがあったな。確か、何か飯を奢れよ、だったか?
「折角の機会だし、今週末にでも王都に行ってみない? そこで、あの時のお返しでも」
「俺は別に構わないぞ。ただ、徹夜明けだったら悪いな」
「そのくらいは都合付けてよ……。サレーネも来るでしょ?」
「へ!? あ、えっと、よろしければ……」
突然に話を振られたサレーネは、しかししっかりと返答を返す。話は聞いていたのか。
「よろしいよろしい! なら、朝の九時にアルーゼの研究所の前で。いい?」
「あぁ。忘れないようにする」
「ホントだよー?」
ニヤニヤするアイリス。元気だな。
なぜ若人はこうも無駄に活力があるのか。いや俺だって、肉体は若人ですけれども。精神的に、色々と活力が起きないのは、中身がオッサンだからなのか?
色々と思うところはあるが、仕方ないと割り切った方がいいのかもしれないな。
尚も楽しげに声を弾ませる彼女たちを、俺は少しだけ楽しげにみていた。
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