第57話 ラマジーク研究室へ

「ヒィー、フゥー、ヒァー……。痛い……全身の節々が痛い……。あのさ、もう少し手心を加えたりとかしてくれないの……?」


 その場の全員から見せ物にされ、ようやっと復活したクレイウスは、息も絶え絶えになりながらも俺に抗議する。

 不思議なやつだな。何故自分が悪いくせに人に抗議する余裕があるのやら。


「される余地があると思うのなら、勝手に思ってればいいだろ。そんなことより、そろそろ本題に入ろうか」

「華麗に無視を決めてきたなぁ。君、性格悪いって言われない?」


 本当に性格の悪い奴が、人のことを性格悪いとか言いやがる。抜かせ。


「本題に行きたくないのなら仕方ない。やむを得ないから取り敢えずもう一度行っとこうか」

「よぅし! 僕は忙しいんだけれど、特別に手伝ってあげよう! うん! さぁ、一体何事なんだい?」


 取ってつけたような手のひら返しに周囲から侮蔑の視線を向けられている男は、それは素直に俺の話を聞いてくれた。

 本題とは、ここにきたもう一つの目的についてである。


     ——————————


「成程ねぇ。仮説は立てられたけど専門知識に乏しいから実験ができない、と」

「そういうことになる。いくつかのアイデアをもとに俺の方でも何回かは実験したんだが、悉く失敗でな。俺だけなら限界だと判断した」


 そう、魔石についてである。

 俺が行った実験としては、「岩石を溶かして再度結晶化させること」、「魔力を流し込んで要素を加えてやること」。

 一つ目の実験は、予想に反して失敗したので驚いた。恐らくは、魔石の組成とは違ったのではないかと考えられる。

 これはまだ証明しきったわけではないが、この世界には、特有の化学結合がある。俺は、マナを用いた「マナ結合(仮)」と呼んでいる。

 この結合によってできた物質が、魔石などの魔結晶である。要するにこの世界では、マナもまた、化学反応の要素の一つとして数えられるということだ。

 二つ目は完全にダメ元だったので、最初から期待していない。元々ある岩石に魔力を流せば変性するか、という実験である。

 ちなみに、実験で用いる重力や熱なんかは全て魔法で生み出したものなので、魔力を加えない対照実験は行えない。悔しいところではある。

 また、生成した物体の冷却にも慎重を求められる。急速に冷え固めてしまうと結晶が小さくなり、本末転倒なのだ。

 そしてもう一つ。《星晶スターアダマス》だけは例外である。あれは現存する物質で構成されたものではなかった。まさに神秘の結晶、といった具合である。


「そういうことなら、ラーファさんに相談したらどうだい?」

「誰だよラーファって。俺は知らんぞそんな名前」

「え? ……あぁ、そういえば君、最近まで王国にいなかったんだ。それなら知らないか」


 話を聞くに、どうやらラーファという人物は、俺がいない王国で、数年前に地学のエキスパートとして注目を集めた一躍人気の人物らしい。

 そして残念なことに、その前に学術界に名をあげたのが俺だったために、あまり有名な人物ではないとのこと。残念だったな。

 どうやらクレイウスは、彼女を早めに引き入れていたらしい。俺といい、コイツはこの学舎に一体何を構想しているのだろうか。分からなすぎて逆に興味が削がれる。考えるのが面倒になるというアレだ。

 すると、クレイウスの顔に嗜虐の笑みが。コイツ、何か企んでいると見た。いかん、悪寒が。


「とにかく、ソイツに聞けばいいんだな?」

「それがいいと思うよ。けれど彼女、何かと君を目の敵にしてるからね。気をつけたほうがいいよ」

「何いってるんだ。お前も来るんだぞ。何せここの地図なんて全く知らんからな、俺」


 その瞬間、愉悦の表情が一瞬で氷解し、代わりに恐怖の表情が浮かび上がる。入れ替わるように感情が昂る。まさに愉悦。

 同行を申し出たアイリス、サレーネ、マリーと頭部に幾らかの打撲痕を作ったクレイウスを加え、俺たちは件の人物のいる、ラマジーク研究室へと向かった。


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 この塔をシロアリの蟻塚に例えるならば、クレイウスの研究室は女王の部屋、つまり最上部である。そして目的の研究室は、少し下の方へと進んだ辺りだ。

 塔楼の中腹あたりまで下ったあたりは、活気と人気に溢れた賑やかな階層だ。この辺りは研究室の数も多く、人通りが多い上に人口密度も高い。

 そして何より鬱陶しいのは、良くも悪くも目立つこの面子。《大魔導》が二人もいるなど、他人からすれば見せ物に他ならないのも頷けるのだが、いかんせん視線が多くて困る。「俺はサーカスなんかじゃない」と叫びたいのは山々なのだが、ほぼタレントのような状態の俺たちなど、周りからの視線に晒されるのが当たり前なのだ。

 などと納得しようにも、どうにもムズムズしてしょうがない。何故ならば、自ら姿を表したわけではなく、あくまで他者から一方的に見られるというのは、視線に慣れている者でも不快だろう。

 まあ何にせよ、歩き続けていれば視線から解放される場所もやってくる。宝石のちりばめられた扉で閉じられたこの奥の部屋こそ、俺たちの目的地、ラマジーク研究室だ。


「ここか」

「うん。気を付けて、慎重に扉を開けてくれ。研究室の中では、何が行われているかは分からないから、即座に防御できるようにしておくといいよ」


 クレイウスからの、有り難くない助言。

 それなら既に知っているし、なんなら彼が教訓のように植え付けた一つの認識なのだから。

 さて、鬼が出るか蛇が出るか。意を決してノブに手をかけ、ゆっくりと回して奥に押す。


 だが、その心配は杞憂だった。

 何故なら——。


「……なぁ、この床に寝転がっていびきをかいて、更には臍まで出してるこの酔い潰れた女が、俺たちの探してたラーファ・ラマジークだってのか?」

「うん……、そうなるね……」

「グゴォォー……シュフー……」


 油断どころかその身を全て床に投げ、蓋の空いた横倒しの酒樽丸々一荷と無数のグラスと共に、その部屋の主人は俺たちを無言で出迎えた。


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