第56話 研究室のメンバー
「さて、と」
俺は振り返り、クレイウスが率いる面々を見やる。
そこに集うのは、六人とアイリスたち三人、そして十字架を合わせた全十人。異常に少ないものの、全員が確かな実力を備えていることがよく分かる。マナの質、体型、それに態度。あらゆる情報から相手の実力を予測するのは、戦闘において必須の能力だ。
後ろの方から聞こえてくる悲痛な声を意図的に無視。五分ほどは耐えてもらうことにしよう。
俺の動きを見て判断したのか、アイリスとサレーネがサッ、と前に出てきた。
「えっと、なんかごめんね? 歓迎するはずが、変な光景を作り出しちゃって」
「謝ることじゃない、というか十字架は俺が作った作品だからな。気にすることはない。タイトルは……、『苦悶』でどうだ?」
「うーん、やっぱりどこかズレてるなぁ……」
サレーネが苦笑。
というかなんだ、作品って。自分で言ったことながら恥ずかしくなるぞ。前言撤回……は無理か。
すると、一人の女性が歩み寄ってきた。
「アイリス、サレーネ。その方は、やっぱり《大魔導》のアルーゼ様なんだね?」
「へ? あ、シャルさん! はい、そうですよ。アルーゼさん、この人はシャルさんです」
シャル、と呼ばれた女性は、優しく微笑んで優雅に手を差し出した。
「初めまして。シャーロット・クレスフィールという。この研究室の室長を務めている。お会いできて光栄だよ、《大魔導》アルーゼ様」
「堅苦しいのは無しでいいだろ。俺はそういうのは好かん。アルーゼ・エインフェルトだ。様付けはいらねぇよ」
「分かった。では、アルーゼ殿、と呼ぼう」
「結局敬称は残るんだな……」
半ば諦めて、俺は彼女の手を取った。
スラリと伸びた手足とブロンドの髪。瞳は翡翠のようで、常に低姿勢な女性だ。静かで透き通るような声もまた、その高潔さを引き立てている。
まさに大人の女性、と言った美しさだ。俺はまだ十九(精神はとっくにオッサン)だから、少し憧れる。冷静沈着な知将タイプだ。
すると、
「ヘぇ〜。君があの《大魔導》か〜」
彼女の影から小さな人影が現れ、俺の前に姿を見せた。
背は低く、来ている白衣はダボッ、としていて、一見すると背伸びする子供。だが眼鏡の影にしっかりと映る目元の隈が、そいつが子供でないことを理解させる。
「初めまして! 僕の名前はラスカー・ブロンザード。副室長を務めているんだよ。よろしくね、《大魔導》さん!」
「だからなぜ、アルーゼではなく《大魔導》と呼ぶんだ……。よろしくな、ラスカー」
子供のように無邪気な笑顔と共に差し出された手と握手する。小さく、無邪気で、溌剌とした少年、と言った印象を受けるが、握手していると、何か良からぬものと触れ合っているように感じる。
コイツは注視しておくべきだろう。なにせ今の俺は、通常の人間とは違うのだから。変に何かを感づかれる方が面倒だ。
元々神話上の存在であるゼルクレア。実在するとなれば、その強大な力を求めて争いが起こる可能性もある——父さんと兄さんからの警告だ。不必要に他人にゼルクレアについて話すことは控えろ、と言われている。
アイリスたちに話したのは、クレア本人と遭遇してしまったため。理由もなく、自身の研究室に幼女がいるとなれば、詳しく知ろうとするのが当たり前。ならばいっそのこと、先にある程度話してしまった上で、他言無用と釘を刺す方がいいのだから。
神話といえば、気になることもいくつかあるのだが、それは後々。
そして、
「そしてお前は……いつかに見覚えがあるな。叙勲式の時だな、俺が覚えてるのは」
「おや、嬉しいですね。貴方に覚えていてくださったなんて。光栄です」
そう言ってにこやかに笑うのは、金髪を短く切りそろえた好青年と、ほんの少しの警戒心を抱きつつも微塵も感じさせていない男女。恐らくは護衛だな。
「改めて。お久しぶりです、アルーゼさん。クヴィル・フォン・フレイヴィールと申します。第二王子ですが、気楽に接していただきたいです。そして彼らが、僕の護衛兼研究室のメンバーの」
「ハーロック・シラファだ。クヴィル王子の警護を担当している」
「同じく、警護のクルム・アゼフィスだよ。よろしくね、《大魔導》さん?」
「だからなんでクヴィル以外敬称が付くんだ……」
額に手を当て、思わず俯く。なにか? 誰かを崇拝してないといけない病気とかそういうことですか!?
はぁ〜、疲れる。誰か助けてくれ……。
——とまぁ、それはそれとして。
「で? そこのお前は?」
俺は、部屋の奥の方でソファに座って本を読んでいる少女に声をかける。華奢な少女で、しかもこの騒ぎの中こちらに見向きもしない。気になりもするというものだ。
俺が声をかけると、少女はようやっとこちらを振り返った。
黒い髪に真紅の瞳。物静かながら、根に秘めたような強かさを感じ取れる。雰囲気は独特で、何より目に光が宿っていない。
互いにしばし見つめ合うと、やがて少女が観念したかのように口を開いた。
「……セレナ。セレナ・アストリテウス。これでいい?」
「……へぇ。いや、なんでもない。よろしくな、セレナ」
俺の反応に、何やら眉間に皺を寄せていたが、少しすると読書に戻り、何事もなかったかのように静かになった。
俺はちらりと、クレイウスの方を見やる。当の本人は、俺の逆さ磔刑によって若干顔が青くなってきているのが分かった。もうすぐ五分が経つから、その醜態を身収めるためだ。
さて、対面も済ませたことだし、本題に入ることにしよう。
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