第55話 アグドノイア研究室②

「はわわわわ……」


 熱波と衝撃の余波で生まれた煙が晴れれば、ヘタリと座り込む眼鏡の少女が見えた。


「まず、何か言うことは?」

「あっ、は、はい!! 迷惑をかけて誠に申し訳ございませんでしたぁぁ!!!」


 俺の人睨みで、少女は大慌てで土下座した。黒髪は三つ編みに編まれ、全体的に華奢なように見受けられる。黒縁の眼鏡がよく似合っている。

 そこでやっと、後ろの二人が前に出てきた。


「ちょっとマリー! アンタ、あれほどクレイウス教授に言われたこと覚えてないの!? 今の、思いっきりサレーネに当たる軌道だったわよ!?」

「え、嘘!? サレーネちゃんごめーん!! 許してぇぇ……」

「おお、落ち着いて! 別に何も起こってないし、傷も負ってないし大丈夫だから! アイリスも、もう少し落ち着いて——」


「煩い」

「「「……はい」」」


 俺の一言で、三人は押し黙った。まるで蛇に睨まれた蛙の如し。別に《パラライズライト》を使った覚えはないんだがな。

 思わずもう一度溜息が溢れた。なんだか最近は戦闘だったりで力をよく使う羽目に遭うなぁ。

 俺はマリーと呼ばれた少女を見る。


「お前、確かマリーって呼ばれてたな」

「へ? あ、はい。マリー・カルビスと申しますが……」


 生まれたての小鹿のように、怯えきったようにこちらを見てくる。うーむ、何か彼女に危害を加えた覚えはないのだが……。


「あ、まさか処刑!? 処刑ですか!? 手を煩わせたから、とかで!」

「するか馬鹿! ……別に気にしてはいないから安心しろ。魔法の実験の失敗なんて、当たり前のように起こり得るんだ。俺だって昔はよく失敗したから分かる。

 だが失敗してもどうにかなるようにしておけよ。周囲に危害を加えないように、注意を払って実験するんだ。いいな?」

「あ、はい。分かりました……」


 素直でよろしい。心の中で褒めておく。さて、あとは……。

 俺は、その場からひっそりと立ち去ろうとしている奴に向けて《ブライトランス》を放つ。

《ブライトランス》は狙い通りに命中。何もないように見える場所から悲鳴のような声が上がる。


「逃すと思うのか? 《インビジブル》まで使って。俺に面倒ごとを押し付けようとすんなよ、クレイウス」

「あ、あはは〜……。おかしいなぁ、なんでこんなにあっさりバレるかなぁ……」


 その場にゆらりと歪みが生じ、首筋スレスレに魔法を直撃された馬鹿な男が姿を表す。実際には消えていたのではなく、認識を阻害していただけだが、俺なら見破ることも容易い。

 見破られたクレイウスに、俺はゆったりとした足取りで近づいていく。


「何か、言うことは?」

「い、いやぁ〜……。ほ、ほら、あれだよ、君ほどの実力者なら、任せたほうがいいかなぁ〜なんて。ほら、僕の魔法はさ、君のように素早く発生させられないし、適材適所って言うだろう? そういうことだよ、あは、あははは……すみませんでした」


 俺が目の前についた途端、弁明を諦めた。賢明というか狡猾というか、馬鹿馬鹿しい。

 その惨めな大人の姿をしっかりと目に焼き付けて、俺は魔法を使う。


反転起動アンチキャスト《身体強化》、《無法侵蝕毒パラサイト・ウィルス》」

「へ? 何今の一言。そんなの僕聞いたことな……あれ、あ、ヤバ」


 俺の施した魔法の効果をすぐに感じ取ったクレイウスは、自身の危機的状況を速やかに悟った。そしてその瞬間、バタリとその場に倒れ込む。

 以前ゼルクレアにも使用した反転起動アンチキャストでの《身体強化》。すなわち、身体能力の弱化。俺の魔力量で発動すれば、さらにその効果は上昇する。

 そして《無法侵蝕毒パラサイト・ウィルス》は、対象の魔力回路に侵食して、魔力の流れを阻害する魔法。すなわち、魔法行使を制限させる魔法だ。

 これによって、クレイウスは完全に行動の全てを奪われたのである。

 さらに俺は《ロックラッシュ》を発動。瓦礫を生成し、さらに《シェイプチェンジ》によって変形する。

 変形した形を見て、クレイウスは青ざめた。


「え、待って。なんか僕、嫌な予感しかしてないんだけど。ねぇ、無言はやめて。ねぇ、誰か助けて!?」

「助ければ俺からトバッチリを受けることは分かってるだろ。残念だったな、お前を助ける奴はこの場にはいない」


 それは十字架。断罪の証。石で組まれた十字は、動けないクレイウスの四肢を縛り止めるには最適である。

《アポーツ》で持ってきた麻縄でしっかりと固定すると、それを逆さまに立てた。


「安心しろ。五分もすれば《無法侵蝕毒パラサイト・ウィルス》は解除される。あとは自力でなんとかなるだろ」


 俺の言葉は以上。あとは放置である。


「た、助けてくれーーー!!!」


 脳に血が溜まるが、五分くらいなら苦しいだけだろう。あと、足首が引きちぎられるくらいには痛むな。麻縄だから皮膚も痛めるだろう。

 これにて、逃亡犯の処刑は完了した。

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