第53話 研究室
魔力を内部に蓄積する手段。
以前の研究で、生物の細胞の中には魔力を蓄積できるということを発見した。
最近になって、魔力の正体に見当がついた今となっては、その原理もなんとなく予想できる。
細胞内部に、特殊な組織があって、そこで魔力を蓄積しているのだろう。その組織の内部で、熱エネルギーをマナエネルギーとして変換することで魔力を発生させているのだろう。
とまあ、なんだかんだ言い訳を並べているわけだが、本当は若干手詰まりなのである。
魔法顕微鏡の最高倍率では、分子まで観察できないのだ。目、正確には網膜に魔力を流すと、魔力の流れを見ることができる。理由は少し面倒だが、ようは網膜に流した魔力と外界の魔力を同一視することによって視認できるようだ。
原理としては、作られたばかりのカメラのフィルムがそれに近い。フィルムという特殊な材質の物体に光が当たることで陰影が現れるように、魔力でコーティングされた網膜に魔力の混じった光が当たることで、魔力として現れる。一言で言い表すなら投射だろう。
光だって光エネルギーだ。きっとそれが外界の魔力に影響されて、通常の景色とは違う様子になるから分かるのかもしれない。
なんて、どうでもいいことを考えながら、俺は背もたれに身を預け、頭の後ろで手を組む。
通常の鉱石なんかは、地下の熱と圧力によって結晶が成長していく。あり得る可能性としては、この段階のどこかで、魔力が結晶の組成に入り込んだ、という可能性が高い。
だが参ったことに、実験を行うことが非常に難しいのである。
というのもこの魔石というのは、魔力が関わろうと結局は鉱石。結晶の成長に必要な熱と圧力は魔法でなんとかなるとして、問題は鉱石の中身。すなわち成分だ。
日本でよくある異世界転生系の話でよくある知識チートなんていうのは、俺にとっては当てはまらない。所詮中身は一般人である。
俺が身につけた知識は、専門に研究を重ねた教授たちのそれの何倍も劣るような些末なもの。飛行機作れ、とか言われても絶対にできない。
それと、この世界の研究は殆どが魔法に関連することだ。魔石が内部に魔力を蓄積していることは、昔の人の研究から分かっていることだ。
研究とは知識の蓄積。一段一段重なることで、はじめて成し得ていくものだ。
こういうことは、専門家の意見も交えて研究するのが最善だろう。俺はそれなりに万能であれど、全能ではないのだから。
——————————
「って、考えたところで、そもそもこの世界に鉱石の専門家なんているのか?」
それが問題であった。
春の陽気を求めて外に出て、敷地内のベンチから、一面の青空と流れ行く雲を眺めながら、今一度頭を抱えていた。
そうなのだ。そもそも俺は、前世の知識が根底にあるからこそこんな研究に手を出せるのだ。
だが、だ。この世界の学問は、一般人の俺でも研究の余地のあるような物事ばかりであるように、お世辞にも進んでいるとは言えないレベルだったことを思い出さなければなるまい。
こうなった以上、クレイウスを頼るのが最善の策なのだろうが……。それは苦肉の策と言えよう。参ったな……。
その時だった。
「お邪魔しまーす!」
この闊達な声は。
聞き覚えのある声に、俺はすぐ声の聞こえた方向へ。
そして、彼女たちはそこにいた。
「アイリスに、サレーネか? どうしてここにいるんだ。卒業したんじゃなかったのか?」
「え? ……あぁ、知らないんだっけ。そう言えば、できたの二年前だったしなぁ……」
なんかアイリスが妙に納得した表情を浮かべておられる。俺が頭に「?」と浮かべているのを察したサレーネが、アイリスを窘める。
「こーら、アイリス? アルーゼさん、全く分からなくてちんぷんかんぷん、って様子だよ?」
「あぁ、そうだったそうだった……。って何、ちんぷんかんぷん? その言葉、今時使うか?」
なんだこの二人芝居は。
だが心が穏やかになる。なんだか慣れ親しんだ郷里に帰省した、といった、居場所を感じる安心感。
でも。
「お前ら、結局なんでここにいるんだ?」
「え、決まってるじゃない。私たち、
聞き捨てならないことを聞いた。
「え、研究室? どういうこった?」
「なんかね? 三年前に理事長が、『アルーゼ・エインフェルトのように、知識を蓄え、学問を進める』っていう目標を掲げて、この高等学舎に、新しい設備を作り上げたの。それが研究室」
「学園に在籍する教員の方々は、自由意志でそれぞれの研究室を用意できるんです。二年前に初めて出来た時は、その年の卒業生が任意で入ることができたんですが、なんと入室希望で殺到したそうです。そこで急遽、ほかの教員方も研究室を開設して、難を凌いだそうですよ」
なんのブームなんだ? 俺の後に続く?
人のことを集客(客ではないが)のために使おうとするとは。恥を知れ、クレイウス。
しかしまぁ、となると、だ。
「お前らは一体どこの研究室に所属してるんだ?」
「私たち? 理事長の研究室だよ?」
アイリスが即答。サレーネも頷く。
それにしてもなんだろう。どこからか、どうにもあの男の高笑いが聞こえてくる気がする。なんか、『お前には渡さない!』という強い意志を感じるのだ。
まあ、クレイウス自身も、お世辞抜きに最高峰の魔導士だ。そんな男の元に着くのは、二人にとってもいいことだろう。
プラス。あの男の息のかかったところで、別に俺に何か影響があるわけではないのだ。うん。
——今のことは、確認する必要があったか?
「——ねぇ。ねぇってば」
「……ん? あぁ、悪い。少し考え事をしていた。それで? 二人はどうしてここに?」
俺が質問すると、二人は途端に止まった。正確には、動きまわって話し続けていたアイリスが動かなくなった。
すると、頬をポリポリと掻きながら、そっぽを向いて苦笑い。
「いやぁ〜……。なんていうか、十歳からだけど、少なくともアルーゼと私たちって、昔馴染み、って間柄じゃない? だから、なんとなく落ち着くというか、なんというか……。アハハ……。ここには来たかったんだけど、どうして来たかったのかは分かんないや」
アイリスは普段の様子とは打って変わった様子で、少ししんみりと答えた。
昔馴染み、か……。縁という縁といえば、シルベスタから二人を庇ったあの対面式か。
なんという皮肉だろう。アイツのせいで面倒ごとになったのに、そのアイツに感謝する日が来ようとは。
感慨深く感じている隣で、サレーネが口を開いた。
「私は、ここに来たかった、というよりは、あなたに会いたかった、といった方が正しいかも知れません。懐かしい、というのもあるんですが、なんと言いますか、自宅のように感じられるんです」
……ぉおう。
危ない危ない。危うく惚けるところだった。俺としたことが。
恋人なしの人生経験では、こんなことでも恥ずかしい顔を見せかねないというのかッ!
隣からは、「おぉ、大胆な……」変な声が聞こえる。気にしないことにしよう。そうしよう。
俺は努めて平常心をキープし、いつも通りに振る舞う。
「ま、どうあれ俺は構わないさ。俺だって、お前たちの卒業式を覗きに行った時、顔見知りがいて、少しホッとしたんだ。流石に六年も旅を重ねると、人恋しさが出てくるってもんだな」
そう言って笑い合う。
そう、これでいい。これでいいのだ。
俺たちの関係は。
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