第52話 魔石

 風呂から上がって、適当に物を整理して、俺は朝食を摂ることにした。

 そしてその時に気付いたのだが、俺の部屋で適当に放り投げていたローブが、いつの間にかハンガーにかかっていたのだ。

 現状この建物の中に住んでいるのは俺ともう一人だけ。となれば、誰がしてくれたかは自明の理。意外と世話焼きなところがあるんだな。

 今は五時半ごろ。前世ではいつも仕事のために起床していた時刻ながら、今となってはなんだか早い気がするほどになった。長年の習慣というのは、慣れに意外と気付かない。

 食堂に向かう途中、クレアの部屋を覗き込んでみる。

 部屋の中はとても閑散としているが、ベッドにはくぅくぅと寝息をあげる幼女の姿が。暑かったのか、掛け布団を剥いでしまっている。

 静かに部屋に入って布団をかけ直してやる。ローブの礼代わりだ。

 食堂に着いてからは直ぐに調理を始める。米を手早く水で流し、サッ、と研いで水に浸す。給水するまで待ってやる。その間に卵を三個ほど割って砂糖と共にかき混ぜ、フライパンに注ぎ込む。フライパンを振ってタイミングよく巻いてやる。卵焼きだ。

 本当なら大根おろしと醤油で一緒に食べたいのだが、いかんせん醤油がないので仕方ない。ちなみに俺は甘い卵焼き派だ。

 のんびりしているうちに、給水できたので鍋に移し、火にかける。炊飯器が欲しいところだが、無いものはないので仕方ない。仕方ないことが多いな!

 後は……昨日の残りの青菜があったな。

 青菜を塩茹でに。火の通りにくい茎の方から入れていくのがいいと聞いた覚えがある。茹で上がった青菜を水に晒し、粗熱をとったところで水から取り出して水分を取る。そこに鰹節みたいな物を投入し、サッ、と和える。薄味だが、まあこれで良いだろう。

 鰹節みたいな、と言ったのは、実は原料が鰹ではなく、フレミトという魚が原料だからである。だから、正しくはフレミト節、と言うべきなのだろうが、よく分からなくなるので俺は鰹節もどきと考えている。別に似たような身質だし、いいじゃないか。

 そうこうしているうちに米の鍋も丁度いい具合に仕上がった。本当なら蒸らしを行うべきなのだが、残念ながらそう言った細かいスキルは俺に無いのでそのまま頂く。

 卵焼きはすっかり冷めてしまったが、それもまた良し。手早く朝食をかき込んでいく。

 その時、食堂の外から気配が。どうやら幼女はお目覚めの様子。


「いい匂いがしてきた方向に来てみれば、美味そうなものを食しているではないか。妾にも何か作ってくれんかの?」


 眠そうに目を擦りながら、そんなことを口にした。

 俺は少し残っていた朝食を急いで食べ、食器を下ろして水に晒してから、クレアに問いかけた。


「何か、食いたいものでもあるか?」


     ——————————


 クレアに朝食を与えてから、俺はのんびりと研究室の一つに足を運んだ。この一帯は全て関係者以外立ち入り禁止。俺のオーバーテクノロジーたちが息を潜めている場所だ。

 そのうちの一つ、地質系研究室。そこで、現在の研究テーマを保管している。

 机の上に散乱しているのは、色とりどりの宝石。殆どが赤だが、時折青、緑などが散見される。


 これは「魔石」。厳密には、「魔結晶」と呼ばれる中の鉱石の総称だ。


 内部構造は物によって様々で、主に炭素と珪素から組成されている。構造や分子の組成なんかは調べていない。だが俺の作る試薬の数々で調べた成分なので、そこは問題なし。

 赤の魔石が多いのは、以前行われた人形破壊の仕事で持ってきた物だからだ。その後、適当に近場の鉱山から析出された物を集めて、他の色の魔石もあるわけである。


 現在の俺の研究テーマ、それは「魔石の人工精製」だ。魔石はいわば「魔力炉心」として魔道具の心臓部に用いられることが多く、他にも即席の無詠唱魔法として用いる場合もある。

 要するに、とにかく用途が多くて有用性の高い物質である、と言うことだ。

 これを用いれば、俺は《刻印ルーン》を使用せずに、設置の必要な魔法を使うことができるかもしれない。更にそれが可能ならば、他にも色々と用途が思い浮かぶ。逆に魔石に魔法式を《刻印ルーン》で刻み、魔力を流し込むだけで魔法が使える、とか。

 考え出したらキリが無いので、この辺で切り上げる。

 何が言いたいかというと、魔石というのは、いわば外部に存在する魔力リソースなのだ。


 この世界において、魔力、あるいはマナとは、一種のエネルギーだ。名付けるのなら、マナエネルギー、と言ったところか。

 魔力を使えるということは、マナエネルギーを観測できるということに他ならない。

 他のエネルギー同様、熱エネルギーや光エネルギーに変換することができる。

 そして特徴的なのは、「物質変換マテリアルシフト」と呼ばれる特性を持つことだ。

 その特性は、マナエネルギーそのものが水や土といった物質に変化する、というもの。マナエネルギーのみ持っているあまりに特異な性質で、質量保存の法則が適応できないのが謎な点だ。

 ちなみに地上の空間におけるマナエネルギーの根源は霊脈であり、星の内部から発生した莫大なマナエネルギーが噴出している。

 これはあくまで仮説だが、この星の内部には、なんらかの仕組みが存在し、内核から発生した熱エネルギーが変換されて、マナエネルギーに変わっているのでは無いかと考えている。そうなると、マナエネルギーは人工的に発生させられる可能性があるのだが——その話は閑話休題置いておこう

 ともかく、魔石というのはそのマナエネルギーをその内部に存在させている鉱石のことだ。そこから、マナエネルギーの源流が星の内部にある、という仮説が出来上がる。

 そして俺が知りたいのは、この魔石というのは、組成の過程でいかにしてマナを宿したか、ということだ。

 それが分かれば、人工的に魔石を作れる可能性があるからな。

 そしてこれが、現在の研究テーマである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る