第45話 異世界研究所(ラボ) 爆誕

 月日は流れ、早二ヶ月。

 俺はとある目的のために、リディアと共に彼女の通う王都の高等学舎を訪れていた。幼女はお休みだ。


 この世界の季節は、一月下旬から五月上旬が春、五月中旬から八月下旬が夏、九月から十月中旬が秋、それ以降と一月中旬までが冬となっている。秋がとても短いのだ。

 対してこの世界の気候は前世と大して変わらない。ただし大陸南西部に位置するこの国では、海から吹く季節風によって夏がとても厳しいものになる。

 冬は大陸北東から吹く「偏東風」とも呼ぶべき風によって、乾いた風がよく吹く。アウローン樹海には高山も多いため、雪はあまり降らない。

 そのため大陸北部は、夏は乾燥して冬は湿潤になる。北方のフェールズ海から吹く季節風で、冬は雪がよく降る。

 この地に帰ってきたのが十月終盤で、それから暫く俺の部屋に篭っていた。今日は穏やかな春風が吹く春で、もうすぐ誕生日がやってくる。

 高等学舎では、新学期の準備で大忙しだ。四年間通うことになる高等学舎では、生徒たちの成長が大きい場所だ。色々とやるべきことがあるのだろう。

 指定された場所に来ると、そこにはクレイウスが待っていた。いつも通りの白の礼服。優しい微笑みは依然として残る。


「よう。来たぞ。完成したんだってな」

「あぁ、アルーゼ君。よく来てくれたね。まずは完成したものを見てからの方がいいかな?」


 そう言って手で同行を促して踵を返す。俺たちはその後ろをついて行った。

 暫く歩いていると、チラホラと生徒の姿があることに気付いた。


「ここ、寮制だったか?」

「ううん、違うよ。任意で入れるけどね。先輩や後輩たちと同じ宿舎で生活して、色々な経験を積むことが目的、って入学式の時には聞いたけれど」

「それはあれだ。方便だ。生活を管理できるのと、遠方からの入学者を受け入れやすい、ってことをアピールするためのものだな。そうだろう?」

「まあ、その通りだけれど。在籍している生徒に向けてそういうこと言わないでくれると嬉しいんだけどね」


 そんな他愛もない会話をしている間も、チラチラと視線を感じた。敵意は無さそうなので無視していたが、遠巻きに様子を伺うより、こっちに来た方がいいと思うのにな。

 すると、前方から誰かがこちらの存在に気付き、駆け寄ってくる。


「理事長、こんにちは。リディアちゃん、やっほー!」

「うん、こんにちは」

「メア! 偶然だね!」


 穏やかに挨拶を返すクレイウス。しかしリディアはとても嬉しそうな声をあげて、その少女に駆け寄っていく。

 身長はリディアと同じくらい。リディアは俺と頭一つ分違う。

 赤紫色の髪と紫紺の瞳。艶やかな白い肌はとても綺麗に整えられていて、目立たない程度に化粧もしている。スタイルはとても良く、胸元は……デンジャラス。腰にはリディアと同じように細剣を帯びている。


「たまたま散歩してたら、目立つ人たちが歩いてきたから、急いで見に来て正解だったよ!」

「うん、私も今日は少し用事があって、ここにいるのよ」

「え、用事って。何なに? 補修でも食らった?」

「そんなわけないでしょ! 今回は兄さんの付き添いできたの」


 そう言って、俺に紹介してくれた。


「私の友達のメアちゃん。私の一番の親友で——ってメアちゃん? どうかした?」


 当のメア本人は、俺を見た途端硬直する。ピシリ、と。それはもう空間が凍ったかのように思うほどだ。

 すると次の瞬間、ガバッと飛び出し、俺の手を取った。


「ア、ア、アルーゼ様ですか!?」

「さ、様?」


 リディアに助けを求めると、俺の聞きたいことを目で察してくれた。


「兄さんは、年の近い人たちにとって憧れなんだよ」

「憧れ?」

「至高の天才。兄さんの評価って、実はかなり凄いんだよ。そしてメアちゃんも、そのファンの一人なの」


 なんだかアイドルのような扱いになってる。


「なるほどな。初めまして、メア。妹がいつも世話になっているようで」

「い、いえ! 初めましてっ!! メア・イルシーズと申します!!」

「硬くならないでいいから。折角だし、一緒に来るか? 俺の研究所ラボが完成したらしくてな。それを見に来たんだ。どうだ?」


 俺の提案に、一瞬目をパチパチとさせて驚き、少しして叫んだ。


「ぜひ!!!」


     ——————————


 アイドルの追っかけみたいな妹の友人を加え、歩いていくと、それは見えてきた。


「ようこそ。君の新しい『城』へ」


 白くあしらえられた壁と、アーチのない四角の窓。時代錯誤な建造物が、そこに鎮座している。

 飛び出した玄関には屋根が貼られ、扉の前で雨に当たらないようにしてある。広々とした建物で、その前には、大理石に刻まれた俺の研究所の名が。

 間違いない。俺の新たな城、名付けて「異世界研究所ラボ」。


 あの日、リディアと戦った後に聞かされた話とは、とある取引の話だった。

 クレイウスは、その人脈と資産を用いて俺の研究所を作り、俺はその対価として、この学園の生徒に不定期で講演を行う、というもの。

 俺はその話を快く承諾した。何故なら、こんな広々とした建物を手に入れられることなどあまりないから。

 昔は自分の部屋で誰にも見られないようにコソコソと研究を行っていたが、これからは心配することなく、研究に力を入れることができる。


「中、入っても良いのか?」

「もちろん。入って確かめてくれ。一応要望は出来るだけ叶えるように作ったけどね」


 俺が扉を開く。金属縁の扉で、ガラスで作られている。取っ手も金属だ。

 外の扉を潜れば、次いで自動ドアが待っている。魔道具として俺が自作して提供したものだ。

 俺の後ろに続いて、三人が入ってくる。そしてその内装に、女子二人が感嘆の声を上げる。

 一面の白い壁。しかし居住スペースとしても使用するので、一部の部屋は壁紙を使った温かみのある部屋に仕立ててある。

 基本コンセプトは「病院」だ。何せ本当の研究所なんて大学のものしか知らないから、俺の中にあるイメージで一番近いのが、大規模の病院だったのである。

 清潔感のあるクリーンなデザインを要望した結果、見事形になったと言えるだろう。


「どうだい? これでいいかな?」

「あぁ、問題ない。数日後に荷物をまとめてこっちに移すから、それまでここは頼む」


 驚く女子陣を横目に、俺も心の奥で歓喜する。

 こうして、俺の新たな城、異世界研究所ラボが完成した。

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