第44話 兄の威厳、妹の尊厳

 迫るリディアに、俺は《フレアランス》を発射。その数実に三十。雑魚なら大体これで終わる。

 リディアは瞬時に《裂光刃》を発動。刹那に放たれた八連撃で殆どを落とし、残りを《ブライトランス》で相殺する。

 相殺する時間を利用して《エンペラーブロウ》と《アクセラレート》を発動。不可視の風刃がリディアに迫る。

 しかしリディアは、直撃する寸前に《裂光刃》を展開。一薙で風魔法だと察知したのか、素早く横に移動して射線から外れる。同時に俺に向けて攻撃。それを《ブライトランス》で迎撃して相殺する。


「《ロックラッシュ》、《刻印ルーン》」


 一つおまけ付きで岩石を発射。聴き慣れない呪文に警戒した様子を見せながら、岩の間をすり抜けていく。

 リディアは岩石を全て躱し、《ヘルズフレア》を発動。炎系の第五階梯魔法で、あらゆるものを燃やし尽くす黒炎が荒れ狂う如く膨れ上がり、俺に向けて殺到。

 対して俺は《魔法破壊式キャスト・バニッシュ》を起動。黒炎をマナに還す。

 しかしリディアはマナに還る黒炎の影から《シャドウランス》で攻撃。黒炎と同色のため、陽炎の如く揺らめく世界ではよく見えない。

 瞬時に左足を伸ばし、右手に握る杖の石突を反対側に突き刺す。起点設置。


「《聖域守護結界アヴァロン・インターセプト》」


 壊れずの結界が発動。《シャドウランス》を軒並み阻み、追撃を阻止。

 しかしリディアはもう一度、《シャドウランス》を展開した。


「《シャドウランス》、《アブソリュートブレイク》」


 聞いたこともない名称。恐らく固有魔法オリジナル

 だが効果が分からない。それ故に、防御に出て後攻に下がる。


 ——だが。


「!!?!??」


 バリン、と音を上げて、《聖域守護結界アヴァロン・インターセプト》が消え去った。

 瞬間に感じたのは、死線を潜るたびに感じる死の気配。

 自らの命に迫るものを感じ取る、第六感とも呼べるもの。直近で感じたのはゼルクレア戦の最中だったか。ずっと感じっぱなしだった。

 それが今、確かに感じ取れた。


「《ストライクエア》!!!」


 本能の叫ぶままに、暴風を発動。第四階梯魔法ながら、広範囲の直線上の敵を殲滅する魔法だ。

 しかし、その魔法すら、一度の交錯で霧散し、消え去ってしまう。魔力の流れから、魔法自体が壊されたことをすぐに悟った。

 しかし同時に、《ストライクエア》に衝突した《シャドウランス》は一瞬で消えてしまう。

 ……見えてきたぞ。


「《ブライトランス》!」


《ストライクエア》によって晴れた視界には、凶刃と化した《シャドウランス》が、ハッキリと映っている。であれば、正面からの迎撃が可能だ。

 そして案の定、リディアが悔しい表情を浮かべるのを、確かに見た。


「なるほど。一撃で消滅させる代わりに、一度の絶対の破壊を確定させる、と。これは因果干渉の魔法か……。興味深いな」

「凄いね、なんでも分かるんだ……。なら、これならどう!? 《バインド》!」


 唱えられた次の瞬間、俺の足元から十本の鎖が生成され、俺に殺到。咄嗟に《裂光刃》を使い三本を切り飛ばすものの、残った七本が俺を縛り付ける。


「ッ! これは……」


 瞬間、全身を蝕む特有の感覚が、俺の体内を駆け抜けた。麻痺効果だ。ありそうで実は聞いた覚えのない名称からして、これも同じく固有魔法オリジナル

 その隙にリディアは素早く細剣を構え、突進する。

 俺は手早く《リフレッシュ》と《身体強化》を発動。麻痺を解除し、強引に束縛を引き千切る。

 そのまま互いに得物を振るう。


「《裂光刃》!」

「《せんこう穿せん》!」


 リディアの放つ刺突と、俺の放つ縦薙とが激突する。互いの力は拮抗し、二人同時に弾かれた。

 俺は素早く《ストライクエア》を発動。リディアを強引に吹き飛ばす。唐突の風圧に、苦悶の声が上がったが、それは許して欲しい。


「《天の鎖エンキドゥ》」


 第七階梯魔法、発動——。

《ロックラッシュ》に刻み込んだのは、起点の必要な魔法の起点を生み出す《刻印ルーン》。これを刻み込んだことにより、既に役目を終えた岩石に、さらにもう一つの効果を生み出せる。

 魔法式から、黄金の光を纏った鎖が、リディアの四肢を縛り、拘束した。

 力ずくで振り払おうともがくが、何かに気付いたのかハッ、とした表情を浮かべる。

 おそらく、魔力が使えないということに気が付いたようだ。それが《天の鎖エンキドゥ》という魔法なのである。

 動けなくなったリディアに近づいて、ポン、と頭に杖を乗せる。


「俺の勝ち、だよな?」

「……うん。悔しいけど」


 おっと。そんな目で睨まないで欲しいな、兄ちゃん。

 そこで、審判のコールが入った。


「そこまで! 勝者、アルーゼ・エインフェルト!」


 静かな拍手が、客席の方から聞こえてくる。俺は《天の鎖エンキドゥ》を解除すると、リディアの頭に手を乗せた。


「よくやったな。しっかし、固有魔法オリジナルを二つも作り出していたとは。感覚だけで?」

「……そうですよ。なんかある?」


 おやおや困った。我が愛しの妹は、何やらまだ暴れ足りなそうな表情を浮かべておられる。不完全燃焼みたいだな。


「いや、なんもないさ。ただ凄いな、って感じてよ。感覚だけで固有魔法オリジナルを生み出すような天才は、王国広しと言えど両手で数え切れるくらいしかいないだろ?」

「ま、まあ、私にかかれば……ゴニョゴニョ……」


 尻すぼみの言葉は、最後の方がよく聞き取れなかった。まあ、照れた様子で赤面して顔を下に向けているので、仕方ない。

 そんな頭を撫でてやると、案外何も言われなかった。噛み付いてくるかとは思っていたが。

 すると、パチパチと手を叩きながら、白服の優男が歩いてきた。一々武舞台にまでやってくるのは疲れないのだろうか?


「お疲れ様、と言っておこうか」

「あれだけ言われた後で癪だが、取り敢えず受け取っておこう」


 リディアを撫でる手を離すと、顔を下に向けていたリディアが顔を上げた。名残惜しそうに俺の手を見ていたが、やがて諦めた。

 ……よし、後でいっぱい撫でてやろう。


「少し話があるんだけれど、時間はあるかな?」

「生憎と、時間には困っていなくてね。少しのんびりして旅の疲れを癒すくらいが今の目的だな。で、話って?」


 俺はクレイウスから、その話とやらを聞いてみることにした。

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