第46話 新たな一年

「ふぅ、こんなもんか」


 お披露目から数日が経ち、俺の荷物運びもようやっと片付いた。魔導顕微鏡とかマジで重かった。

 移動に使える魔法としては、遠距離にあるものを手元に引き寄せる《アポーツ》が存在するが、それにはちょっとした弱点がある。

 それは、一度に一つしか運べないということ。何回も魔法を発動させて長時間かけて移動するより、一度帰って荷物を整理してから一度にやる方が効率的だ。

 何せ俺には、濫造品ながら魔法の鞄がある。全てブチ込んでからそれを運んだ方が効率的なのは自明の理である。

 ところがここでも問題が。この鞄、某青い猫型ロボットとは違い、容量に限度がある。そのため、この鞄を用いても三回ほどに分けなければならなかった。もっとも、それは俺の部屋に大量に荷物があったからだが。

 所狭しと並んだ実験器具の整理は、ことのほかてこずった。なんだかんだで整理整頓は苦手なのだ。

 そして鞄の問題その二。よくある系統の、時間が止まってる、なんて都合のいい話もなく、内部時間も普通に経過する。だから冷蔵庫なんかは特に運搬に気をつけた。資料が入っているし、丁寧に扱わなければならないだけでなく、時間もかけられないという忙しさ。

 なんだか、繁忙期の経理たちの動きを思い出す。まあ俺、人事だったからなぁ。小切手とかその辺の詳しい話はあまり知らない。

 ともかく、時間との戦いを制した訳なので、それなりに苦労した。その上手伝いすら頼めないのは辛かった。


 そんなこんなで早数日。十二月は、この世界で言えば、本当の意味で一年の終わりだ。年度末、とも言える。

 先日卒業式が行われた。卒業生は俺と同じ年代の生徒で、サレーネやアイリスと言った見知った顔もいて、お忍びで入り込んだら物凄く驚いていた。

 他にも平民出身者など、俺も初めて見かける奴もいて、とても有意義な時間だった。

 途中、「来年もいる」というよく分からない言葉を耳にし、「詳しくはお楽しみに」と言われて弾かれた。聞く耳も持たれてない。解せぬ。

 ともかく、一年は終わりを告げ、高等学舎も新たな一年を迎えるための準備で大忙し。何やら今年は他にもやることがあるそうで、人手不足を補うために駆り出されたこともあった。

 教員免許とか持ってない俺。しかも事務はあまりしたくなかったので、俺がやることになったのは必然実務の後処理である。

 俺が行ったのは魔導人形マギアドールの処理だった。

 模擬戦闘などで用いられるこの人形。人型でどう見ても自動人形オートマタなのだが、困ったことに後処理を怠ると面倒なことになったりする。

 放っておくと、戦闘の余波で受けた魔力を蓄積し、勝手に動き出すとかいうホラー状態になるという。

 そうならないためにも、そうした後処理は適宜行うべきなのだが、いかんせん人手不足。どうしても後回しになってしまい、積もり積もって今に至る、という訳だ。

 俺が行うのは、これを解体してコアとなる魔石を採取すること。これを取り外せば、勝手に動き出すこともない。

 それだけなら業者でも呼べばいいのだが、そうならない理由が一つ。置き場の建物から不穏な音が鳴り響くこと。

 そのため建物の二階の窓から投入し、後は結界を張って時間を稼いだ。その結果、腕の立つ人でないと、入った瞬間即排除、となりかねない魔境が誕生したのである。

 人造魔境とか個人的に唆るものがあったのだが、仕事内容と相反するため興味を満たすこともできず、泣く泣く殲滅する羽目になった。

 もちろん、動く状態でいくつか捕獲したし、魔石もいくつかパクって来たので問題なし。ついでに報酬として、魔道具も何個か貰ったのでいいだろう。


 そして季節は巡り、また新たな一年へ。


 雪自体があまり降らないので、木々の枝に付いた冬芽が少しずつ膨らんでいることくらいしか、春の訪れを感じられるものはない。

 まあ前世も雪はそんなに降らない場所で生まれ育ったので、除雪の手間がないことはとてもありがたいが。

 穏やかな春の陽気が地を照らし、少し早くなってきた日の出を眩しく思いながら、徹夜明けの目蓋を擦る。

 今日は入学式、始業式、そして着任式。まさに学校! といった感じの年初めだ。

 そして俺は、不定期かつ適当ながら授業のコマを持つことになるので、着任式で登壇しなければならない。

 それなのに徹夜明け。洗面所に行けば分かるのだろうが、きっと酷い隈が出来ているはずだ。

 魔石に集中して時間を忘れ、顕微鏡を覗き込み続けたバキバキの体を念入りにほぐしながら洗面所へ。手早く顔を洗い、剃刀で髭を剃る。男の嗜みだ。

 髪をさっ、と整え、食卓へ。朝食は軽くエッグベーコンと青菜のバター炒めで軽く済ませる。フライパンにベーコンを敷いて、その上に卵を投入。その間に手早く青菜を茹でて水で冷まし、同時にフライパンにバターを投入。加熱して溶かしたところに、冷やして適度なサイズに切った青菜を投入。さっとバターを絡める程度に炒めていく。

 エッグベーコンはある程度熱が通ったところで火を止め、余熱で加熱。青菜を炒め終えて皿によそい、そこに焼きたてエッグベーコンを乗せて完成だ。

 一人暮らしになると、飯のことで頭を使うことが面倒になってくる。よくてコンビニ弁当、最悪カップ麺一つとか普通にあり得るからな。

 手早くかき込んで朝食を済ませ、歯を磨く。いつもの戦闘服に着替えれば、準備は万端だ。

 講師の服装は私服でいいそうで、何を着ても別に構わないそう。ただ、多くの講師がプライドと面子のために着込むことが多いそうな。

 ともかく、準備を終えて、俺はラボの外に足を踏み入れた。面倒だが、手早くことを済ませるとしよう。

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