第36話 極致 VS命護龍ゼルクレア

《アクセラレート》を多重展開し、《レイズアップ》で効果を指数加算させ、俺は飛び出した。

 人を超えた、文字通り人智を超える存在。眼前に存在するこの世ならざる理不尽を相手取るには、俺も全力で魔法を展開しなければならない。

 その為には、魔法の演算速度を早める《アクセラレート》は絶対不可欠なのだ。

 そして何より、俺の用いる《レイズアップ》は、通常の《レイズアップ》ではなく、二倍でなく二乗に計算する倍加魔法!

 二倍の効果なら四倍に、八倍の効果なら六十四倍に、といった具合に、元になる数が多ければ多いほどその効果は上がっていく。莫大な魔力を用いて周囲一帯を魔法で埋め尽くす、俺の戦法によく合った効果だ。

《フライ》を用いて空中に飛び出した俺に、容赦なくゼルクレアは攻撃を繰り出す。


『……行くぞ!』


 胸元から生えた巨大な鉱石から、七つの光球が発生、ゼルクレアを中心に回転しエネルギーを蓄え、一斉に放射される。

 一弾一弾が即死級の魔力密度で構成された七つの光線を、気流を操作して素早く回避。時速三百キロメートルに達する移動速度は、《磁界操作》で重力からの影響を阻害し、身体強化を多用することで強引に押さえ込む。そうでもしなければ慣性に振り回されてジ・エンドだ。

 全弾回避すると、指し示したようにゼルクレアが突進。その強靭な爪で引き裂きにかかる。

 体を捻り紙一重で躱し、《サウンドバニッシュ》で牽制。純粋な音による衝撃は、魔法耐性ではなく物理耐性がモノを言う。

 しかしそれを難なくいなし、再度突進。同時に胸から光球を十三個発生し、瞬間装填、発射。

 俺は《フレアランス》と《エンペラーブロウ》で応戦。それぞれ十三個ずつ、計二十六の連撃で確実に破壊する。

 同時に《メイクサーヴァント》を静謐発動。自爆機構を体内に埋め込んだ即席鳥形使い魔を七匹生み出し、解放。

 これに対し、ゼルクレアは爪で引き裂くが悪手。使い魔のサイズに見合わない巨大な爆発が、ゼルクレアに降りかかる。

 もちろん、こんなモノでダメージが入るとは思えない。龍の鱗とは、それだけであらゆる攻撃から身を守る最強の鎧なのだ。

 爆発によって視界が遮られる僅かな隙に、いくつかの魔法陣を設置。後に続く連撃の布石を打っていく。

 そうしている僅か二秒。その間に、俺の居場所を特定したであろうゼルクレアから三つの魔力を感知。数が減る分、込められた威力が増大している。

 すぐさま《清水》に身体硬化の魔法を《エンチャント》。硬度を上げ、更に《ブレードメイク》と《レイズアップ》を重ね掛けする。

 発射された三つの光弾は、最早ミサイルと言ってもいい代物に変わっていた。俺はそれを冷静に迎撃。刀を打ち付けて爆発させる。

 そこに素早く《魔法破壊式キャスト・バニッシュ》を静謐発動。魔力に分解した光弾を用いて魔法を展開。即席で刀に光を纏わせ、素早く三連閃。


「《れっこうじん》」


 音速を優に超える神速で、剣戟が到達するも、まるでガラスが割れるように弾かれる。

 その隙にとある魔法を遅延起動ディレイキャスト。発動まで時間がかかるが、この持久戦が終わるまでには用意が完了する。

 すると、突如膨大な魔力が、空間から発生する。この魔力の発現は、間違いなくゼルクレアのものだ。

 咄嗟の機転で《聖域守護結界アヴァロン・インターセプト》を発動。そして次の瞬間に、それは迫る。


『《パニッシュ・オブ・ゼルクレア》』


 龍の吐息ドラゴン・ブレス。龍種の持つ最大威力の攻撃。文字通り息を吐くように発動するその脅威は、俺を消炭にせんと迫りくる。

 途方もない魔力の奔流に苦心しながらも、《魔法破壊式キャスト・バニッシュ》を発動。龍の吐息ドラゴン・ブレスを魔力に還元し、同時に魔法を発動。


「《嵐帝迅風楼スパイラル・ディザスター》、《紅蓮地獄ブリザード・ストーム》」


魔法破壊式キャスト・バニッシュ》によって発生した莫大な魔力を操作し、魔法を発動。

 瞬間、空間に無数の雹が発生。吹雪の如く吹き荒れる。それを、同時に発生した嵐の突風と竜巻が飲み込み、天候は大荒れ。通過するもの全てを抉り、引き裂き、引き千切る氷の鏃の大嵐。

 流石に龍の鱗といえど、無数に生まれる氷の鏃を耐え抜くことは叶わなかったのか、苦悶の声が竜巻から聞こえてくる。

 そこに追い討ちをかけるように、俺の切り札の一つを切る。


反転起動アンチキャスト、《エクスペリエンス》、《身体強化》、《身体硬化》、《オートリペア》」


 術式の性質を反転させた形で魔法を行使すると言うメチャクチャな術技。

 ただし、性質に作用するので、攻撃系統の魔法では使えないという弱点がある。魔法の研究に精を注いだ、可能性の一つだ。

 今の反転起動アンチキャストによって奴が受けたのは、「時間経過での魔力の減少」、「身体能力低下」、「防御力低下」、「時間経過での肉体破壊」と遠慮なしのフルコース。今の俺に使える反転起動アンチキャストは他にもあるが、慢性的な効果を得られるいくつかの魔法だ。

 これによって、雹礫の嵐から受けるダメージも加算される。

 しかしゼルクレアは、本能的に危険を察知したのか、魔力を注いで強引に反転起動アンチキャストした魔法効果を打ち消す。

 更に胸元の鉱石から瞬間的に魔力を放射。《嵐帝迅風楼スパイラル・ディザスター》と《紅蓮地獄ブリザード・ストーム》を弾き飛ばす。

 流石と言うべきか。その魔力量は、俺よりも多い。魔法の打ち合いになれば、敗北は必至だろう。


 だが、人間の叡智を、研究と研鑽の成果を、甘く見られては困る。

 何しろ、丁度も溜まったからだ。

 そして、何度も飛行して設置しまくった魔法陣も、十分な数に達した。

 これで……、決める!!!


「戒めろ、《天の鎖エンキドゥ》!!!」


 瞬間、空中に設置された無数の魔法陣から金色の光を纏った鎖が飛び出し、ゼルクレアを縛り付けた。

 並の拘束なら、容赦なく引き千切るだろう龍の膂力。

 しかし、


『ぬ、これは……!!』


 ゼルクレアも、その魔法の持つ特性に気が付いたのか、驚愕の声を上げる。


 人類の有する魔法は、一から七の階梯の魔法に区分される。

 これこそ、最上位の魔法。第七階梯魔法、《天の鎖エンキドゥ》。

 その能力は拘束系ながら、「保有魔力量に比例した硬度の上昇」という特性がある。

 さらに、「捕縛対象の魔力行使を阻害」する特性もあり、その力はゼルクレアにすら影響を及ぼす。

 物理的にも行動不能にし、魔法行使も阻害することで、少しの時間なら完全に行動を止められる……!

 古代メソポタミア神話に名の由来を持つその魔法は、古の龍すら戒めて見せた。

 同時に、もう一つの魔法を展開する。


「《広域殲滅式エリア・キャスティング》、《聖域守護結界アヴァロン・インターセプト》」


 瞬間、ゼルクレアの上下に、三点を起点にした巨大な魔法式が浮かび上がる。そこには、無数の魔法式が編み込まれ、莫大な魔力が備わっている。


全展開フルオープン、《フレアランス》、《アクアランス》」

『……——!!!』


 瞬間、ゼルクレアの瞳孔が大きく見開かれ、声にならない叫びが聞こえたのは、気のせいではないだろう。

 魔法が発動し、上側からは《アクアランス》が、下側からは《フレアランス》が、それぞれ迫り、ゼルクレアに殺到する。

 同時に起動した《聖域守護結界アヴァロン・インターセプト》の魔法効果で、結界の内外の移動は一切起こり得ない。

 よって、衝突による爆風も衝撃も、逃げずに圧力となってゼルクレアを襲う。

 しかし何より、この魔法の最大の攻撃は、《アクアランス》と《フレアランス》の衝突によって発生する水蒸気爆発!

 高温の衝撃波と、約千六百倍に上る体積の膨張による気圧膨張の二重の攻撃が、さらにゼルクレアを襲う。


『————————ッッッ!!!』


 絶叫がこだまする。


 ゼルクレアに存在する《命の加護》は、ゼルクレアが常時産生している「命」を操作する能力。

 これによって、ゼルクレアは致死性のダメージを負ったとしても、溜め込んだ「命」を消費して生きながらえることができる。

 しかし、怒涛の連撃は、「命」の消費による回復すら超える速度でゼルクレアの生命に迫り、無限に発生する魔法がそれを削り取っていく。

 そして更に、俺はもう一つの魔法を発動。


「滅せよ、《天神の崩雷ケラウノス》!」


 空に雷雲が無ければ使えないものの、その威力は凄まじい。

 何せこの魔法は、「生命に干渉して滅ぼす」絶命の第七階梯魔法。生命力の強い存在ほど、高い威力を発揮する。

 この魔法の原点は、オリュンポスの主神、ゼウスの雷霆から来ている。ゼウスはこの雷霆によって、さまざまな存在を打ち殺してきた。

 蒼黒い神の雷は、ゼルクレアの生命を更に削り取る。


 だが、俺の攻撃はまだ残っている。


 瞬間、ゼルクレアの上空の雲が晴れ、同時に《天神の崩雷ケラウノス》も無くなる。

 だが、そこにあったのは、ゼルクレアを更に驚愕させるモノ。

 天空にただ一つ、莫大な熱と光を内包する槍が、その穂先をゼルクレアに向けて座している。

 成層圏に魔法式を起動し、宇宙から光をかき集め、吸収、収束して放つ一撃。

 それは、日本神話、古事記に記される国生みの矛。大地をかき混ぜ、日の本を生み出したとされる神の刃——!!


「穿て——《天地を穿つ神の鉾アメノヌホコ》」


 閃光が、炸裂した。


     ——————————


「はぁ、はぁ、はぁ……」


天地を穿つ神の鉾アメノヌホコ》を発動して魔力を使い切った俺は、背中からバタリと倒れた。

 魔力を急激に使い尽くすと、体力まで全て持っていかれてしまう。そして身動き一つ取れなくなるのだ。

 だがそれで済んでいるのも、俺が滅茶苦茶鍛えているおかげだ。普通の魔法士なら、急性魔力欠乏症がおこる。アナフィラキシーのようなショック症状だ。

 これの対策の訓練は、高山病同様に徐々に体を慣らしていくことが必要なのである。だが俺は、持っている魔力量が馬鹿でかい。

 しかし、幼少期の魔法作成時に、少ない魔力をよく枯らしていたため、慣れていた。魔法は作り出してから試しに使ってみないと、キチンと効果が出るか分からないからな。

 フゥ、と息を吐き、足に力を入れてなんとか立ち上がる。

 そこには、見るも無残なクレーターが出来上がっていた。岩は融けて溶岩のように泡立ち、火口のように湯気が上がっている。

 莫大な熱量の残滓は、ゼルクレアに直撃してなお、大地にこれ程の傷跡を残すのだ。


 こんなもの、そう易々と使える魔法ではない。


 これを作り出したときは、危険性が予想されたために発動は出来なかったが、一度天界に迷い込んだときに試し撃ちした。そして天界に、この傷跡を残した訳である。

 天界や魔界などに迷い込むと、とても曖昧な存在に書き変わってしまい、不安定になる。逆もまた然りで、次元を適切に乗り越えて無ければ、すぐに弾かれてしまうのだ。

 よって俺は、天界から「撃ち逃げ」したような感じでこの世界に戻ってきた。そんな過去のある魔法である。

 そのとき、


『……グ、ア……、グァアァァァ……』

「……嘘でしょ?」


 苦悶の声を上げながら、ゼルクレアが起き上がった。

 骨格はボロボロになり、純白の鱗はくすみ、所々溶け落ち、燃えている。羽は最早原形を保っておらず、皮膜はドロドロに溶け落ち、骨も融けて歪んでいる。胸元の鉱石はひび割れ、角も何本か折れている。鼻の角は、依然として無事だ。

 そんなボロボロの状態でも、ゼルクレアは起き上がった。

 だが、魔力切れを起こした俺に、最早戦う術はない。ポーションを使えば何とかなったかもしれないが、ゼルクレアが起き上がった以上、奴の爪が俺の命に届く方が早いだろう。

 ……万策尽きたか。


「降参だ。魔力切れ。もう立っているのでやっとだ」


 すると、ゼルクレアも羽を閉じ、地面に倒れ伏した。


『それは、此方も同じことだ……。最早再生することすら叶わぬ……。互いに打ち止めだ。それで良かろう……』


 そう言うと、ゼルクレアの全身が光で包まれ、小さくなっていく。

 やがてそれは収束を止め、光が弾ける。


 そこには、美少女がいた。


 美しい白磁の肌。琥珀のような金色の瞳。そして瑠璃のような淡い蒼の髪。

 ゼルクレアの初見で幻視した少女が、そのままの姿でそこにいるではないか。

 彼女はフヨフヨと空中を漂い、俺のすぐそばまで来ると、フワリと着地した。服は——着ている。一応。ワンピース一枚だけど。


「お前、女だったの?」

「不服かの? 妾のこの姿は」


 いえいえ、むしろご褒美ですとも。

 とは言えないのが精神年齢賢者の俺。


「いや、ちと意外だったもんでな。言葉遣いが完全に男だったからさ」

「ふむ、そうか」


 納得してくれた。内心ホッとする。

 すると、ゼルクレアは俺の目を見据え、手を取ってとんでもないことを言い出した。


「じゃが、お主の実力、しかと見届けた。これほどの力があれば、妾も満足じゃ。

 ——お主、妾と《契約》せんか?」

「……は?」


 済まないが理解が追いつかない。何、契約って?

 俺の困惑を見てとったのか、詳しい説明をくれる。


「《契約》とは、妾の権能を其方に授け、妾は其方から魔力を貰う、というものだ。どうじゃ?」


 願ってもない話だ。

 俺の魔力量は膨大。しかも《エクスペリエンス》の効果で常に増え続けている。

 逆に、彼女の権能は《命の加護》。死ぬような攻撃を受けても死なない、最強の能力じゃないか。


「でも、いいのか? 何か代償があるんじゃないのか?」

「まぁ、あると言えばある。妾は契約すれば、龍としての力の大部分を失ってしまうしの」


 俺が驚いて反応する前に、彼女は「じゃが、」と言って遮った。


「妾はの、お主の人生に興味を持ったのじゃ。それほど、お主の人生に希望を、未来を感じ取った。じゃから妾にとってみれば、これは不都合なことではない。

 それを踏まえて、お主にもう一度尋ねよう。

 ——妾と契約せんかの?」

「……ま、そう言うことなら構わないさ」


 そう言った瞬間、左手の甲から光が上がる。

 少しして光が晴れると、そこには蒼い龍の紋章が描かれていた。その姿は、ゼルクレアとよく似ている。


「これで、契約は成立じゃ」


 少女ゼルクレアは、ニコリと微笑んだ。

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