第35話 幻想の果て

 それからの話をしよう。

 あれから六年弱ほどが経ち、今の俺は十八になった。数日後には十九になる。

 俺は素性を隠して大陸中を回り、旅をしてきた。中には魔界から天界とかいうおよそ人の行くべきところではない場所に迷い込んだこともあった。

 フレイヴィール王国のあるヒユライズ大陸は、楕円形に近い形状をしている。この星の北半球の半分程を覆う巨大な大陸だ。

 この大陸の南側に、フレイヴィール王国は鎮座している。

 大陸に存在する国家は何と五カ国しかない。故に大陸の国家同士は、かなり親しくお付き合い——していない。

 大陸北方、最大の領土を保有するリーンガルド帝国は、非常に関係が重い。フレイヴィールとは形而上の外交しか行われておらず、国内も荒んでいる。

 大陸西部に存在するアルスフィール共和国は、珍しい民主主義国家だ。ただ、十年ほど前に政変が起きたばかりで、国家の統治はあまりうまく行っているとは言い難い。フレイヴィール王国とは、商人の出入りが盛んに行われていて、国家同士ではなく、商人同士での外交が最も盛んだ。

 大陸の北東部、そこに位置するのは、クイアス教でお馴染みの宗教国家リヴァイサス、またの名をリヴァイサス教国。ここは完全に外部との関係を一方に絞っていて、入国することは叶わなかった。まあ、俺はひっそりと侵入しているので、不法入国である。襲われたのは言うまでもない。

 大陸東部には、という国がある。そこはとても活気に溢れていて、外部との国交も盛んだ。人々の精神性も豊かで、全ての産業はここから始まっているとかなんとか。

 大陸を覆うのはアドリアス海。巨大な海洋で、漁業の盛んなこの海には、フレイヴィール王国の保有するヒウラシー島がある。「遺跡島」の通称でも知られていて、太古の時代の産物がよく見つかっている。俺は一年ほど入り浸り、かなり多くの発掘品を手に入れた。

 俺はフレイヴィール国籍なので、盗掘ではない。キチンと申請して採掘しているのでそこは間違ってはいけない。リヴァイサス教国とは違うのだ。


 そしてその中で、俺はとある記述を見つけた。

 何が書いてあるのかはよく分からなかったが、専門家の話によると、古代言語の一つであるらしく、読み方を教えてくれた。《大魔導》さまさまである。

 教わった読み方で解読していくと、そこには、とある存在の実在を仄めかす記述があったのである。

 俺はそれから二年ほど、その記述の指す先を探して旅をし、今日ようやっと辿り着いたのだ。

 大陸中央部に存在する巨大な森林、アウローン樹海。

 その最も深い、イルクスのほこらと呼ばれる場所に、ひっそりと隠れていた遺跡。

 その中を、俺は絶賛捜索中である。



「《フレアランス》、《エンペラーブロウ》」


 炎と風の猛攻を受けるのは、リーヒネスという巨大な蛇と、アルマイアと呼ばれる大蜥蜴。どちらも「アウローン樹海の魔怪」などと呼ばれて恐れられている強力な魔獣だ。

 故に俺は、魔法を使わせる隙も与えずに瞬殺している。《エンペラーブロウ》で鱗と皮を切り裂いて、そこに《フレアランス》を突き刺して燃やし殺す。

 だが、相手に蛇がいるのに、炎熱系の魔法は悪手である。

 熱を感知したリーヒネスが次々と這い寄ってきて、こちらに目を向けて魔法を発動。


《パラライズライト》


 俺は第六階梯魔法、《聖域守護結界アヴァロン・インターセプト》を発動。二点以上の起点の設置が必要だが、左手に持つ杖と両足で全身を覆うように三点設置して起動する。

 この魔法は第六階梯魔法なだけあって、なんらかの原因で魔法が解除されない限り消えず、しかも物理と魔法の両方を遮断する優れもの。

 ただし、上側は変な場所で止まっていてしかも天井は無し。そうでもしないと空気が入ってこなくなるので要注意。

 人が使うなら、第五階梯魔法に分類される《パラライズライト》を、リーヒネスは見るだけで発動できる。蛇睨みとか普通にズルい。だが、《聖域守護結界アヴァロン・インターセプト》を発動している俺には意味がない。

 その隙に、自身を起点に《大凍零平原ブリザード・バーグ》を発動。同時に《コンフォータブルエア》を並列起動デュアルキャスト。空調を完備。

 これを使えば、エアコンができるのではと思うのは最近の話である。

 大気中の水分すら凍てつかせる氷の魔窟は、変温動物である蛇には効果絶大。少しすれば、ピクリとも動かなくなってしまう。

 さらに俺は《ロックラッシュ》を発動し、圧殺していく。岩の塊を生み出して放つ魔法だが、動かない相手には効果は絶大である。

 こうして俺は、沢山の魔獣たちの屍を積み上げながら、ズンズン遺跡を進んでいった。


     ——————————


 しばらくすると、唐突に視界が晴れた。出口が見えたわけではないのだが、ある一点を超えた先、唐突に外に出たのだ。

 その摩訶不思議な現象を考察していたその時。


『——何者だ』


 全身に震えが止まらなくなるほどの殺気が、俺に向けられた。

 見上げれば、晴れた視界の先、曇天のもとに、ソレはいた。


 山のような巨躯は純白で、深雪のように穢れなく、胸元に生えた蒼の鉱石が、淡く発光している。

 背から大きく広げられた翼は、蝙蝠のような形状ながら、純白の骨格と蒼の皮膜は、最早蝙蝠などという穢れを感じさせない。

 蜥蜴のような異様の頭部からは四対の角が生えている。しかしその鼻頭に生える一本の角は蒼銀に煌めいている。

 その姿は、まさに麗しの乙女。しかし、その尋常ならざる気配は、憤怒の修羅。

 伝説に語られし生命の管理者にして、原初の龍の一角。


「《命護龍ゼルクレア》……!!!」

『いかにも。我が名はゼルクレア。全能神キシャトラス様より、全ての生命の管理を任されし者』


 声ではない。尋常ならざる圧力を持った言葉が、直接脳に響く。

 せめてもの強がりを、俺は見せつける。


「ハッ。お前みたいな超越者は、俺たちを矮小とか言って下に見るものじゃないのか?」


 しかし、帰ってきたのは予想外の返事である。


『然り。だが貴様ほどの魔力を持ち合わせるものは、最早矮小とは呼ばぬわ。この世ならざる生命よ』


 なるほど。どうやらアイツには、俺が転生した異世界の人間であることくらい、お見通しらしい。

 生命の管理者、か。一筋縄では行かなそうだ。


『して、貴様は何を求めてこの地に降りた? 此処は迷い込む場ではなく、意思によってのみ来られる場であるのだ』


 そういうと、首を伸ばしてこちらに目線を合わせる。

 全身が竦み上がる恐怖を、俺はなんとか押さえつけ、堂々と睨み返す。


「俺が此処にきた目的は、ただ一つ。

 ——お前と全力で戦う為だ。《命護龍ゼルクレア》」

『——我と戦う、だと?』


 驚いたように、ゼルクレアは問い返した。


「そうだ。俺はこの六年間、ひたすらに修行を重ねてきたつもりだ。強さを磨くために。でも俺は、この魔力量のせいでまともな奴とは本気で戦えない。周りのもの全てを壊しかねないからな。

 だがお前は違う。《命の加護》の特性で、自らが発生させる「命」を溜め込んでいて、並大抵のことでは死なないんだろ?

 だから——俺は、俺の今の全力を、お前にぶつけたい。それだけだ」

『——ふむ』


 そういうとゼルクレアは、徐に頭を持ち上げる。目を瞑り、しばらく何かを考えると、俺に声をかけてきた。


『一つだけ問おう。

 ——貴様は何故、強さを求める?』


 帰ってきたのは、予想外な問いかけだった。

 そしてそれは、至極簡単な話であって。


「それは簡単だ。


 ——強いと、何だか格好いいだろ?」


『……フッ。そうか』


 何だか苦笑が聞こえてきた。

 だがゼルクレアは、堂々と天に構え、俺を見据えた。


『良かろう。貴様の望みを叶えよう。

 ——全力で、我にかかって来い!!!』


「——言われなくとも!!!」


 そう叫ぶと、腰に下げた剣を引き抜く。

 それは、真銀ミスリルで出来た刀。刀匠としての知識も技術もない俺だが、《シェイプチェンジ》がある。真銀ミスリルを含んだ金属で作って貰った剣を、刀の形に変形させて作ったものだ。波紋も無いので、形だけのものだが。

 刀の銘は《みず》。青を基調とした拵の刀。《オートリペア》と《ブレードメイク》が《エンチャント》されていて、切れ味も良く、折れても元に戻る。

 何度か変わった俺の刀の、今の相棒だ。


 俺は《清水》を構え、発破をかけるように叫ぶ。


「——行くぞ!!」

『来い、人間!!』


 俺は叫ぶと、弾丸の如く飛び出した。

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