第34話 門出

 数日後。

 馬車に揺られながら、俺は王都の景色を久しぶりに見ていた。

 いつにも増して活気付いた人々は、しかし俺の乗る馬車を見た瞬間に指を指して歓喜する。

 どうやら、新たな《大魔導》の誕生は、既に広く人々に知られているようだ。


 数日前、父さんが騒ぎ立て、その場の全員が、あれやこれやと俺に詰め寄って叫ぶという狂乱染みた騒ぎが起こった。

 その原因は、勿論俺の《大魔導》襲名(?)である。

《大魔導》とは、王国に最も貢献した魔導士が授かる最高の栄誉で、その称号を授かるのは、まだ二人しかいなかった。

 三代前の国王がいるとき、空間魔法を発明したエレノアが現れた。そしてその栄誉を讃える為に、時の国王は新たな地位である《大魔導》を作ったのである。

 その後、俺の生まれる数年ほど前に、時間魔法を新たに発明した二人目の《大魔導》が現れ、大きな騒ぎになったらしい。

《大魔導》に選ばれた者は、特権階級として扱われる。その序列はなんと国内で二番目。国王、《大魔導》、王族、そして四大公爵家と続く。政治への発言権や、不敬罪の適用外など、その特権の数はとても多い。

 その為、選定は非常に慎重で、国王本人の意思でのみ、適用が許可される。

 即ち、滅多に現れるような存在ではない、ということだ。

 ともなれば、この見世物のような反応にも頷けるというもの。

 俺としては、別に地位があることに越したことはないので歓待するべきことなのだが、俺の計画に支障をきたすことにはならないで欲しいものである。

 だが、その計画も、言い出すのは恐ろしい。それが何故かは、俺にも分からない。


 その日は王都にあるエインフェルトの別邸で一夜を明かし、翌日、その授与式が行われることになった。


     ——————————


 思えば、王城には何度か足を運んだ覚えがある。クレオ兄さんの婚約報告と、十歳の対面式。しかしどちらの時も、玉座の間ではなかった。

 何故俺がこんなことを思い出しているのかというと、ご想像の通り、玉座の間にいるからだ。

 叙勲式。その場には、多くの有力者が集い、ただ粛々と式が進められている。

 一つ気になるのは、魔法が使用されている気配を感じることか。それも継続的に。俺なら掻き消すこともできるが、下手に動くと後が怖いので何もしない。

 その場にいるのは、四大公爵家の人間たちや、王家の人々。魔導士のローブに身を包む数人の魔導士に、鎧と剣を携えた数名の騎士。他とは違う豪奢な装飾が施されたローブに身を包む妙齢の男女。明らかに立場のある人間が、しかも雁首揃えてこの場に集っている。

 すると、国王が口を開いた。


「アルーゼ・エインフェルト。前へ」

「はっ」


 一応返事をして前に歩み出て、膝をついて頭を垂れる。

 正装として、貴族の礼服(スーツ)と、母さんが作ってくれた肩と腰に装着するタイプのローブ。動きやすい仕様で、実戦主義な母さんの性格がよく見える。


「面をあげよ」


 国王が発した言葉に従い、俺は立ち上がる。

 それを見た国王は、玉座から立ち上がり、懐から、巻かれた一枚の紙を取り出し、それを広げる。

 そして、そこに書かれた文面を読み上げ始めた。


「アルーゼ・エインフェルト。

 貴殿は、この王国の魔法の歴史に大きな一歩を与えた。

 民を苦しめる魔獣を研究し、新たな発見を与えると同時に、王国の人々を救う力を二つも与えた。

 更に、魔法式の意味を理解し、新たな魔法を自らの手で生み出すことで、人々に魔法の奇跡を広め、そして今の人々でも魔法を生み出すことができると、その身を持って証明して見せた!

 この王国に新たな繁栄の土台を与え、そして世界の謎の一つを解明して見せた!

 以上の功績を踏まえ、ここに《大魔導》の位を授けることを記す。

 聖神暦七百九十三年、十一月三日。フレイヴィール王国代三十八代国王、グランベルド・フォン・フレイヴィール」


 読み上げた紙を懐へしまうと、隣に立っていた青年が歩み出て、トレーに乗せたものを差し出す。

 国王は一つ頷くと、玉座を降りてきた。そして俺の前へと歩み寄る。


「やはり、こうなったな」

「? どういうことですか?」


 俺は、国王の一言に敏感に反応して聞き返す。

 すると国王は、笑って答えてくれた。


「あの対面式だよ。第六階梯魔法をポンポン使う君のことを、俺はとても興味を持っていた」


 一人称が「俺」に変わり、それがごく私的な会話であることを理解させる。


「そして君は、やはりここまで辿り着いた。弱冠十三歳での《大魔導》授与。とても名誉なことだが……緊張しているだろう?」

「あはは、まあそうですね。俺なんかが貰っていい評価なのか今も疑ってます」

「フフ。今はそれで良い。だが、君はもっと先へ進んでいく。そんな予感がしている。そんな時、《大魔導》の名は、絶対に役に立つだろう。だから、誇って受け取るがいい」


 そう言うと、隣に立っていた青年の持つトレーから金色の装飾品を取り出し、左肩のローブに括り付けた。

 それは、黄金に輝く龍を模した勲章。偉業を成した《大魔導》の証。

 俺はそれを受け取ると、深々と頭を下げた。

 それを見たこの場の人々が、徐々に拍手を送る。それはこのわずかな人数でも、万雷の喝采のように感じた。


 すると、国王は大きく声を張り、叫んだ。


「聞け! 我が王国の民よ!

 ここに、新たなる《大魔導》、アルーゼ・エインフェルトが誕生した!」


 そう言うと、国王は徐に歩き出す。俺もついていくと、玉座の間のサイドに取り付けられた階段を登り始めた。

 階段の先は、玉座の間の壁に取り付けられたフロア。歩いていくと、玉座の間の入り口の真上、玉座の反対側にやってくる。

 そこには扉があって、両サイドには兵士が立っている。しかし国王がそこに歩み寄ると、兵士たちはその扉を開け放った。

 その先は外。そして——


「テラス……。ってことは——!」


 テラスの先には、王城の前に集った王都の人々が、一面を覆うようにいた。

 門は開け放たれ、王城には入っていないものの、城の広場に所狭しと人々が集まっている。そして門の外にも、たくさんの人々が集まっていた。

 そしてあちこちには、ディスプレイのように浮かぶ長方形が。魔法式を見れば、空間魔法のそれに近く、玉座の間にあった魔法の正体が分かった。


 つまり、中継だ。


 国王は手を振りかぶり、国民に声をかける。


「皆の者! 新たなる英雄の誕生を祝し、万雷の喝采をあげよ!!!」


 その言葉で、人々が『オオオォォ——!』と叫ぶ。その中からは、拍手や祝福のメッセージが山ほど聞こえてくる。


 俺は、そんな非日常的な光景に唖然としていた。

 大勢の人々から、こんなに祝福されるなんて、前世では考えられない話だ。


 思えば、ずっと前世の記憶を引き摺ったまま、この世界を生きてきた。

 それはきっと、思い出を思い出していたのだろうが——同時に、まだ転生したことを受け入れられていなかったのかもしれない。

 だが、今はどうだ。

 この感動を、ありありと感受できている。それはきっと、逃げではない。

 過去は変わらない。しかし、今は、未来は、変わり続けていく。

 もしかしたら俺は、今やっと、アルーゼ・エインフェルトになったのかもしれない。

 ——今なら、俺の計画を口にすることもできる気がするな。


 俺は、一頻り喝采を聞き届けている国王に声をかけた。


「陛下。一つ、いいですか?」

「グランでいい。お前はもう、《大魔導》なんだ。それで、何だ?」


 こちらを見据える国王——グランさんは、俺が何を言い出そうとしているのかを分かっているようにも見える。

 彼は言った。『君はもっと先へ進む気がする』と。

 であれば、俺の言葉も聞き入れてくれるはずだ。


「俺は、暫く研究からも、この国からも離れます」

「——続けてくれ」


 一つ深呼吸。初めて明かす計画だ。

 だがもう、覚悟は決めた。


「俺は、世界を広く知りたい。世界には、まだまだ俺の知らないものが山ほどある。魔獣と初めて遭遇した時に、自分の目で見ることと、本で読んだことでは、まるで実感が違った。

 だからこそ。俺は広い世界に出て、もっと多くを経験したい。知りたい。理解したい。それが、今の俺の願いです」

「だからこそ、外の世界に出たいと。——フッ、青いな」


 グランさんは短く呟くと、スッ、と頰を上げ、獰猛な目になる。俺の好きな目だ。


「行ってくるがいい、若人よ。世界は無限に広がり、お前の知的好奇心をさらに刺激するだろう。そして、多くの見聞を積み上げろ。それが、若者の特権だ」


 そう言うとグランさんは、再び人々を振り向き、声を上げた。


「聞け! 新たな《大魔導》は、今、ここより旅立つ!」


 その言葉に一番驚いていたのは、ウチの家族だった。既に全員、テラスの後ろの方に集合している。


「故に我らは、新たな門出を飾る若人に、祝福と賛辞と、激励を贈ろうぞ!!」


 その言葉で、観衆のボルテージは最高潮になる。あちこちから聞こえてくるのは、幾つもの言葉だ。

 ——こんなことになる予感がしていたんだよな。

 俺の様子を見て全てを悟ったグランさんは、声をかけてきた。


「堂々と行け! 盛大に、世界へと飛び出して行け!」


 俺はただ、頷くだけだった。


《アポーツ》を使い、部屋に準備してあった魔法の鞄を呼び寄せる。中には既に、一通りの旅の用意がなされている。

 ふと振り返ると、家族が歩み寄ってきていた。

 俺は思い思いに、全員と抱擁する。


「行って来い。そして、もっと強くなって来い。アルーゼ」

「うん。父さん」


「あなたは強い。だからこそ、精一杯楽しみなさい。それが、あなたがすべきことよ」

「ありがとう、母さん」


「行きなさい。私もすぐに追いつくわよ。帰ってきた時には、驚かせてやるわ」

「私もだ。この剣技で、いつかお前に勝ってやるさ」

「うん、頑張って。イレーナ姉さん、リーネ姉さん」


「行って来い。そしていつか、俺の役に立つようになって帰って来い!」

「兄さんも。エインフェルト公爵として、頑張って」


 そして、


「リディア」


 呼びかけると、静かに歩み寄ってきて、俺の腕の中に収まる。

 こうしてみると、何と細い体だろう。少しでも力を加えてしまうと、粉々になってしまいそうだ。

 リディアは、腕を俺の胸に当て、顔を埋める。


「絶対、帰ってくるよね」

「当たり前だ。兄ちゃんは強いからな」

「本当、絶対だよ?」

「絶対だな。これは大変だ」


 そんな軽口も、リディアは静かに受け止める。

 すると、徐に手首からブレスレットを取り外す。いつだったか、俺がリディアの誕生日に送ったものだ。簡素なものだが、大切にしてくれていたらしい。

 ちなみに俺の自作で、一度だけ身代わりになってくれるという代物。伝えてはいないが。

 リディアはそれを、俺の左手首に着けた。


「……必ず返してね。無事に」

「これは……。簡単に命は賭けられなくなったなぁ」


 これには俺も苦笑い。しかし彼女にしてみれば、とても大真面目であることは一目瞭然である。

 俺の真似をして勉強熱心な妹のことだ。おそらく、どこかで気がついていたのだろう。

 身代わりになれば、このブレスレットは粉々になる。無事に返せ、ということは、死ぬようなことになるな、という暗示である。


「分かったよ。ならリディアも、元気で世界一可愛い大切な妹として、俺が帰ってきた時に元気な姿を見せてくれよ」

「……分かった」

「よしよし。物わかりがいいのはいいことだ」


 そう言って、リディアの頭を撫でてやる。彼女は小さく震えていて、泣き声を噛み殺しているようだった。

 しかし少しすれば、彼女は袖で涙を拭い、俺から離れた。その顔は泣き崩れて赤くなっていたが、精一杯の笑顔が浮かべられていた。


「いってらっしゃい——お兄ちゃん」

「ああ。——行ってくる」


 俺はそういうと、自作の魔法を発動。

 重力操作と気流操作によって飛行を可能とする第五階梯固有魔法オリジナル《フライ》を発動。

 魔法の効果によって、俺の体がゆっくりと浮かびあがり始める。

 そして飛び上がると、人々の唖然とした顔が見えた。そんな気がした。

 しかし次の瞬間、大地をも揺らす人々の声が、王都中に広がる。


 ああ。

 どうやら俺の門出は。


 世界で一番、盛大で豪華で、素晴らしいものになったようだ。

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