第37話 閑話 或る男の独白

 僕は秀才だった。


 そこは誰に聞いたとしても、全て同一の答えが返ってくるだろう。


 生まれ持った素質が、同世代の中では群を抜いていたからだ。


 持って生まれた魔力量を支えに、僕は鍛えられた。


 次期エインフェルト公爵として。このフレイヴィール王国を支える四つの柱の一つになる者として。


 六歳の時、弟が生まれた。


 それまでは妹しかいなかったので、僕は子供ながらに、生まれた弟にとても興味があった。


 僕には及ばずとも、何かしらの才能を持って生まれて来ているのだろうと思っていた。


 でも、弟には才能がなかった。いや、正確には、魔力に恵まれなかった。


 当然僕は驚いた。妹たちと比較しても、弟は、どう比較しても弱かったのだから。


 三番目の妹が生まれて来てから、彼がとても劣っていることはよく分かった。持って生まれた魔力量は、彼女の方が多かったからだ。


 でも、弟はとても優秀な頭脳を持っていた。子供離れした速度で文字を覚え、本を読み漁っていた。


 僕は気に入らなかったのかもしれない。彼が、自分よりも劣っていると考えて安心していたかったのだ。


 でも、そんなことはなかった。


 弟が五歳の時、僕は彼に負けた。戦闘訓練に一度も出たことのなかった弟に、完膚なきまでに敗北を喫した。


 僕は、自分が許せなかった。もう一度戦えば、必ず勝てると思いたかった。


 でも、できなかった。


 もし、あれが実戦ならば。殺し合いの、生殺与奪を争う死合だったなら。弟に勝てるビジョンが、万に一つも浮かんでこない。


 幼き日から母に教え込まれた、実戦に昇華する、という考え方が、どうしても自分の敗北を告げて来た。


 僕では勝てないと、僕自身が結論付けてしまった。そして、どうしてもそれを否定することが出来なかった。


 父さんも弟を見る目が変わったようで、とても昵懇になっていた。


 でも、父さんも母さんも、決して僕を見放すことはなかった。あくまでも、僕を次期エインフェルト公爵として見てくれた。


 弟も、僕のことを兄として尊敬していてくれた。実力主義の思想の強いエインフェルト家の中で、彼は僕よりもずっと広い目を持っていた。


 それは時折、彼が本当に子供なのか・・・・・・・・・・ほどに・・・


 でも、そのお陰で、僕は自分がどれほど小さなことに囚われていたのかを気付いた。そして、一歩前へ進むことが出来た。


 僕は、他人を認めるということを覚えたのだ。


 僕が高等学舎を卒業し、爵位を継承したときも、彼は笑って祝福してくれた。


 でも、弟はさらに先まで進んでいた。


《大魔導》なんていう、王国最大の名誉を授かるほどの人間に成長していた。


 そしてその日くらいから、彼は猛烈な魔力を獲得していた。どうにか隠そうとしていたようだから、気付いていることは秘密にしておいてあげたけれど。


 その時に僕は、あの時、なぜ勝てないと感じたのかが、よく分かった気がした。


 弟は、止まることを知らないのだ。


 あぁ、格好いいなぁ。


 人として、根底から違うのだ。それは勝てるはずがない。


 でも僕は、弟に嫉妬することはもうない。彼に、そんなことは無意味だと教わったから。


 だからこそ、僕は必死に努力した。


 実力を認められないと継承されない、エインフェルトの「大魔法」にも認められるほどまで強くなった。



 でもやっぱり、アイツ・・・には追いつけない。



 数日前に、とんでもない霊脈の波動を感じた。空はとても厚い雲が覆い、大気のマナが震え上がる、前代未聞の事件があった。


 数刻すると、その異常は治まったものの、王都中の専門家たちは、こぞって首を捻ったようだ。この原因不明の異常事態は、歴史に残るものになるのだろう。


 でもね、僕には、この異常事態の原因になりそうな奴の顔が、一人しか思い浮かばないんだよ。


 アイツしかあり得ない。根拠も何もないのに、全く疑う必要性を感じないんだ。不思議だよね。



 世界を震わせるくらいのことをするくらい、お前なら出来るだろう?



 だから僕は、何度だって言おう。


 君は、本当の天才だ、ってね。



 そうだろう、アルーゼ?



     ——————————


「クレオ様!!!」


 唐突に、メイド長のフランさんが、僕の部屋に飛び込んできた。


「どうしたんだい?」


 僕は優しく声をかける。

 彼女は酷く狼狽していて、今にも倒れそうなほど慌てていた。

 部屋の扉で体を支える彼女を助け起こしながら、彼女を落ち着かせる。少しして、呼吸を少しだけ落ち着けたフランさんが、僕の肩に手をかけて口にした。


「あの方が、戻られました……!!」


 心臓が飛び出すかと思った。それほどの衝撃を、その言葉は持っていた。

 そしてその驚愕の指し示すままに、僕は部屋を飛び出した。フランさんも大慌てでついてくる。

 玄関に着くと、その来客は、メイドたちに囲まれていた。特にエリンなんかは泣いて抱きついている。

 メイドたちは、僕の到着に気がつくと、静かに道を開けてくれた。エリンはまだ、えんえんと泣きついているが。

 そうしてできた道を歩いて、ゆっくりと近づく。


 彼は、純白のローブと、湾曲した細身の剣を腰に差し、十歳ほどに見える少女を携えていた。その身体は、最後に見た時より幾分引き締まり、ローブの上から羽織るボロボロの外套が、その来客の歩いて来た道のりを伝えてくれる。

 彼は、エリンをあやす手を止めずに、僕を真っ直ぐに見て来た。


 ……まったく。お前は変わらないんだな。


「ただいま戻りました。——兄さん」


「おかえり。——アルーゼ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る