第23話 魔獣狩り

 魔獣。

 それは、獣に魔力が宿り、その肉体と魔力が強化された存在。瞳は赤く染まり、やや凶暴化する。

 総じて人類には有害だが、有益な存在でもある。

 例えば魔獣の肉体は通常の獣と比較して強靭で、身体は筋肉が影響を受ける。肉体は筋肉の強化によって、旨味が増したり筋が硬くなったりと、獣によって変わるのだ。

 また戦闘訓練の一環として狩りが行える。そこそこ強い存在ながら人間相手ではないので、騎士魔法士問わず格好の獲物とされるのだ。

 俺個人の見解はまだいくつかあるのだが、それは追々言及するとしよう。


 馬車に揺られること数時間。俺と兄さんは、少なめの護衛と一緒に付近の森にやってきていた。

 名目は森林調査。だが魔獣狩りはそれなりに楽しいようで、護衛の人たちもリラックスしているように見える。

 俺はと言えば、戦闘目的ではないが、とても興奮していた。もうすぐ長年の謎が解明されると考えると、なんだかいてもたってもいられなくなる。

 研究者思考というのだろうか、謎の解明は子供のようにワクワクするものだ。肉体は完全に子供なのだが。十二歳だし。

 森に着くまでの道のりは、とても穏やかなものだった。盗賊に出会すとか、魔獣に襲われるとか、そう言ったこともなかった。

 強いて言えば、兄さんが途中の村の子供達に勝負を仕掛けられたことくらいか。

 といっても兄さんは強い方の人間だ。怪我をさせることもなく、怪我をすることもなく、更にはその場から一歩も動かずに勝利するという完全試合だった。

 近隣の人々との関わり合いを見ていると、兄さんがいかに信用されているかよく分かる。人々は兄さんのことを信頼しているし、兄さんもまた人々を大切に思っている。父さんの教育方針が良かったのだろうか。

 俺はというと、終始苦笑しているだけだった。何故かって、人々の間にも「エインフェルトの神童」という単語が広がっていたからだ。

 悲しいかな、俺に話しかけるのは、皆まるで宝石を見るような目で、人をからかって楽しむ系統の人間たちだ。

 平和としか言えないものの、これはこれで良い形なのではと、相変わらず思ってしまう。


     ——————————


 目的の森に到着すると、そこには想像を絶する光景が広がっていた。

 切り揃えられたかのような背の高い樹々。それが不自然に、唐突に現れている。

 そこで何かが変わるのかわからないものの、森の樹はある一定のラインですっぽりと抜け落ちている。

 そこが小さな異界のようで、森林という感覚が浮かばない。

 だが森の中から聞こえてくる獣や鳥の鳴き声を耳にすると、それはジャングルに近いもののように感じる。さまざまな動植物が集まって広大な生態系を作り上げる、高温多湿の熱帯の森林だ。

 この辺りは屋敷と比べて気候が変わっている珍しい場所のようで、この近辺は魔獣の種類が豊富なようだ。

 兄さんが森に入る準備と手続きをしている間、俺は私的興味を満たすべく観察していた。

 少しすると兄さんが帰ってくる。動きやすくするために嵩張るものは来ておらず、肌を見せる領域はかなり狭い。森に入る上での定石だ。こうでもしないとダニに噛まれたりして大惨事につながる恐れがある。

 汗を滝のようにかきながら、兄さんは森に突撃した。

 俺の場合、自身の魔法士用のローブがあるので服は大丈夫だし、何より《コンフォータブルエア》がある。一人だけ快適な特攻だった。

 だがだからといって油断はしない。油断すると、大自然は唐突に牙を見せるものだ。

 兄さんは森のある程度の深さまで入ってくると、俺たちに指示を出した。


「ここからは魔獣の巣窟だ。決して離れず、単独行動は慎め。でなければ死ぬからな」


 兄さんの言葉に、護衛兼魔獣狩り参加者の人たちが静かに頷く。

 俺は兄さんに、ふと思ったことを提案してみた。


「兄さん、俺の魔法で、魔獣の位置を探知しますか?」


 俺には探知魔法の《サーチ》がある。第三階梯魔法ながら、使用できる幅は広い。

 だが兄さんは、特に迷うこともなく首を横に振った。


「いや、違うぞアルーゼ。確かにあれば便利だが、今回は違う」

「何故ですか? 魔法があるのに使わないのは」

「魔獣狩りは大自然との戦いだ。魔獣でもない普通の獣すら、相手ではない。これは、魔獣と人の一つの戦争なんだよ。そんなものに魔法を使うというのは、無粋な考えだ」


 そ、そうなのだろうか……。

 兄さんは変なところでこだわる癖があるらしい。

 そうしている間に、俺は一つの気配を察した。


「兄さん、これ……」

「ああ、近くにいる。全員構えろ、迅速に仕留めるぞ」

『了解!』


 一同は静かに返事し、動き出した。

 俺は杖を構え《アイスランス》を遅延起動ディレイキャスト。いつでも発射できるように身構える。

 ゆっくりと、小さな音すら出さないよう、静かに獲物に近づく。


 ——見えた。


 体長七十センチくらいだろうか。瞳の赤い、魔獣化した猪だ。

 その巨大な体躯の奥に、びっしりと揃った筋肉の塊まで分かるほど、その猪は強靭だった。

 兄さんが指で合図する。三、二、一……。


 ゴー!


 その瞬間、遅延起動ディレイキャストしていた予備魔法ストックスペルを全開放、速やかに猪の頭部に狙いを定めて発射する。

 だがこれに、猪は一瞬で反応し、体を捻って全弾を躱す。

 俺は驚きながらも、《ウィンドランス》を多重展開マルチキャストする。

 その間に、兄さんは藪から飛び出し、素早い動きで猪に突撃、剣を抜きざまに一閃。

 しかしこれにも猪は反応する。俺の魔法を躱した姿勢から強引に体勢を立て直し、後退する。兄さんは返す刀で一閃。足元を狙った攻撃は、猪を跳ね上がらせた。

 だが、それは俺の魔法から逃れられなくなることを示す。


「——仕留めた」


 空中に跳ね上がった猪に、今度こそ《ウィンドランス》を発射。猪は身体を捻るが、それでも回避し切ることはできなかった。

 風の第三階梯魔法、《ウィンドランス》は、同系統の他の魔法に比べて効果範囲が広いことに特徴がある。

 この魔法は風を束ねて槍を形成するのだが、どうしても不定形ゆえに形に乱れができるのだ。

 この乱れが、僅かな効果範囲の広がりを見せ、的に命中させやすくなる。

 加えてランス系統の魔法は貫通するものが多く、爆発などで肉が駄目になったりすることもない。

《フレアランス》や《サンダーランス》なども、同様に範囲は広いのだが、いかんせん森の中では炎焼しやすいし、《グランドランス》は砂なので物を汚してしまうしズタズタに引き裂いてしまう。

 こういう精密かつ迅速な攻撃には、風系統の魔法が有用だ。

 そんな俺の《ウィンドランス》。躱せなかった猪が耐え得る術はなく、脳天に貫通痕を残して絶命した。

 これを見て、周りに展開していた人たちも集まってくる。


「よし、まずは一匹だ」


 兄さんも満足そうだ。

 この後もしばらく、俺たちの魔獣狩りは続いていた。

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