第19話 売られた喧嘩は?

 端でのんびりとコーヒーを味わっていると、その場の全体像がよく見えてくる。

 一言で言い表すなら、社交会に近い。名義こそ対面式ながら、対面が目的とは考えられない。男子の中には、チラホラと剣を携えている者も見える。

 立食会とも言えるかもしれないが、丸テーブルがいくつかあるから、社交会の方が適切な気がする。まあ、社交会のイメージであるダンスなどは無さそうだが。

 親が同行するのは、子供たちの間での話し合いを円滑に進めるためと、互いの子供で牽制し合うことなのだろう。

 子供達の間での会話の相手と、それぞれの親が会話している確率が高い。あくまでも顔立ちからの推定だが。

 そしてやはり会話は基本的に縁談の持ちかけか関係の構築だ。

 縁談関係の話なら、男たちからひっきりなしに話しかけられている少女が二人ほど。会話の中心ならば当然目立つ。

 関係の話なら、かなりまばらに散っている。三人ほど、ハブられているように見えるが。

 どう考えても、十歳の子供のする話ではないだろうと思いながら、コーヒーを嗜む。

 こういう話は職場の、偉い人たちの間での話だろう。あるいは会社間の合同パーティーなどでの会話のように感じる。

 とにかく、俺はそういう話が面倒なので、目立たない隅の方で、息を潜めておくべきなのだろう。

 隠キャの秘伝技、影が薄い。まさにこういう時に使える夢のような技だ。

 もちろん、完璧に隠れたいのなら、認識阻害の魔法、《インビジブル》を使えばどうということもない。

 だが魔法まで使って隠れるのは、何だか個人的に嫌だ。引きこもりの隠キャには、相応のプライドというものがある。

 とにかく俺は、この会話には関わらない方向で、時間が過ぎるのを待っていた。

 その時。


「あなたが《エインフェルトの神童》?」


 二人の少女に声をかけられた。

 美しい空色の髪を綺麗に後ろで纏めたおしとやかな少女と、金髪を靡かせた金目の闊達な少女。

 例えるのならマーメイドと天使。全体的に顔のレベルの高いこの空間でも、一際輝いている美少女だ。

 よくよく見れば、先ほど見つけた縁談の中心の二人だ。話しかけられてばかりで、話しかけている姿は見なかったのだが。

 とりあえず、いつまでも黙っておくのも忍びないので、丁寧に返しておく。


「神童と呼ばれるのは些か不釣り合いですがね。エインフェルトの次男、アルーゼです」


 社会人生活で培った最強の対人会話術。前世での能力は、こちらでも通じるようだ。

 こちらが名乗ると、彼女たちも礼をして名乗った。


「これはどうもご丁寧に。私は、リーンエイス公爵家の長女、アイリス。で、こっちの子が」

「初めまして、クレスハウル公爵家の次女、サレーネです。よろしくお願いします、アルーゼさん」


 二人が会釈する。

 どうやら二人とも、公爵家のご令嬢らしい。そのせいなのだろうか、彼女たちから感じ取れる魔力はなかなかのもので、俺の持つ魔力量よりもずっと多い。今まで長らく魔力量を増やしてきたが、やはり天性のものではないため時間がかかる。

 するとアイリスが、俺を値踏みするような視線で観察しだす。目に魔力が込められているから、きっと魔力量まで見られているはずだ。

 案の定、驚いた表情を浮かべると、首を捻り始めた。


「うーん。魔力量は然程でもないんだけどな……」

「まあ、生まれた時に持っていた魔力がそもそも少なかったですからね。これでも大分増えたんですけど」


 そのまま少し、会話を楽しんだ。

 彼女たちは、最近勉強のことで悩んでいるらしく、俺が高等学舎に通ったのと同じくらい知識を持っていると話すと目を見開いていた。

 二人の豊かな表情で、俺もだんだんと作り笑いから笑顔に変わっていった。

 俺の飲んでいたブラックコーヒーに興味を持って一口ずつ飲むと、可愛らしい表情を浮かべていた。

 こうして会話してみると、彼女たちも大人びているとはいえ、やはり年相応の、普通の女の子としての一面も見せてくれる。

 前世では縁のなかった話だが、俺も結婚を考えてもいいのかもしれない。そう考えてしまう。

 その時だった。


「おい、サレーネ! いい加減他の男と話すのをやめないか!」


 何だかテンプレな予感をもたらす一声が、式場に広がった。

 その声の主は——。


「第三王子シルベスタ……」


     ——————————


 本当に王族なのか疑わしい白い肌。七三分けで整えられたツヤツヤの金髪。釣り上がった鋭い瞳。何より、理不尽な憤怒の形相。

 第三王子、シルベスタ・フォン・フレイヴィールは、面倒ごとに関わりたくない他の子供たちが避けてできた道を、二人の連れと共にズカズカと歩いてくる。

 俺は近くのテーブルにコーヒーを置いて、迷惑な来訪者を相手取る。


「お初にお目にかかります、シルベスタ王子殿下。私はエインフェルト公爵家の二男、アルーゼと申す者です」


 一応、丁寧に自己紹介をしておく。目上の人なので、礼儀としてはしておかなければならない。大人の対応というやつだ。

 だがシルベスタは、その場に立ち止まって、俺を睨みつけた。


「たかだか公爵の二男如きが、俺の婚約者と会話するなど、巫山戯ているのか?」


 ……ううん?

 この男は、予想以上に子供のようだ。破綻した理論を、さも当然といったふうに口に出す。

 この場において、国王自ら無礼講と口にしているのに、そんなこと巫山戯ている云々の話ですらないだろうに。

 一番面倒な相手だ。正直、関わりたくない。

 そう思って、一歩下がろうとした時、ふと、サレーネの姿が目に入った。


 彼女は、震えていた。


 その華奢な肩が、本当に細かく震えている。見れば顔も下に向けていて、表情に翳りが見える。

 それを見たせいで、俺の足は止まってしまう。折角の逃げるタイミングを逃してしまうというのに。

 そこに、アイリスが俺の耳元で、小声で話しかけてきた。


「お願い、サレーネを助けてあげて! アイツ、ああ見えてもかなり強くて、私じゃ助けられないの……!」


 それは、実に悔しげな一言だった。

 その言葉を聞いた瞬間、俺の中で、何かがガチャリとはまった音がした。

 その瞬間に、俺の中から逃げの意思が消える。

 この場でサレーネを助けないのは、きっと後悔するだろう。

 そう、後味が悪いのだ。


「……今度、飯奢れよ」


 俺は素の口調で、ボソリと呟いた。

 瞬間、アイリスは目を見開く。


 そして俺は、一歩踏み出して、サレーネの右肩に手を置いた。


 一瞬ピクリと震えた彼女の肩は、驚くほど華奢で、少し冷たかった。

 そして、その手の主を見上げる。

 見上げる先で、俺はカッコつけて口にした。

 後戻りなど、出来なくなると知りながら。


「婚約者を騙るなら、女の一人や二人落とせるようになってから口にしろ。身分をかさに着る臆病者が」

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