第20話 処刑レベルの脅迫

 やってしまった。

 彼女たちの願いに、まんまと乗せられてしまった。

 こちらからは何も仕掛けない。それこそが、この対面式を乗り越える秘策だったというのに。

 だが仕方がない。既に賽は投げられたのだ。

 であれば、俺は持ち得るすべての力で挑むしかあるまい。全霊の覚悟、というやつか?

 案の定、俺の言葉にブチ切れたシルベスタは、「あ?」と言って俺を睨みつける。

 だが、俺が怯むことはない。相手は十歳の子供。まだ広い世界を知らない未熟者。対して俺は、前世から記憶を引き継いでいよいよ精神は賢者になりつつある男だ。

 まずは問答で、父さんに事態を気付かせる必要がある。この場で俺の力を使ってもいいのかという、いろいろな警戒を含めてだ。


「おい、貴様。この俺に何を言っているんだ?」

「何って、今の俺の最大限の侮蔑を向けただけだが。そんなことも分からないのか?」


 ここで父さん到着。早かったな。

 それにしてもテンプレな事態だ。今の俺は、さしずめ悪漢から少女を守る主人公のように映るのだろうか。

 だが俺は、あくまでも自分のためにこの状況を作り出している。知り合ったばかりであろうと、少女の幸福を求めている、ただそれだけのこと。

 再び侮辱されたシルベスタは、ワナワナと震えながら、怒りを抑えている。大分漏れているが。


「……貴様、この俺を侮辱したな……?」

「何を今更。侮辱も何も、事実を伝えただけだろう。それとも何か? お前の行動は、後ろめたいことしかないのか?」


 俺がそう言った途端、シルベスタは飛び出した。

 先ほどまで、抑えているようでほとんど抑えられていなかった怒りが、今ので沸点に到達したらしい。

 随分と低い沸点だ。そんな簡単に怒りを爆発させていては、前世の社会は生きていくことが出来ない。

 シルベスタは、腰に携えていた鋼の剣を素早く引き抜き、飛び出した。

 俺は既に掛けていた《アクセラレート》の魔法で素早く反応。近くのテーブルにあったナイフに魔力を纏わせ、その一撃を受け止めた。

 辺りに、キイイィィン、という金属音が鳴り響く。この不快な音は、双方の力がとても強い証拠だ。そのまま俺たちは、鍔迫り合いに縺れ込んだ。

《アクセラレート》は加速の魔法だ。以前は身体強化と並列起動して用いていたが、身体強化と思考加速を同一の魔法式に落とし込んだ、俺の第四階梯固有魔法オリジナル

 渾身の一振りが、ナイフで受け止められたという事実に、更にシルベスタは激昂する。


「ふざけるな貴様! ナイフで応戦するなど、俺を舐めているのか!」

「悪いね。こっちはこっちで色々と忙しくてね!」


 そう言って強引に弾き飛ばす。

 だがまあ強いと言われているだけあって、そう簡単には倒れはしない。吹き飛ばされたシルベスタは、二人の部下に「やれ!」と叫んだ。

 二人は懐にしまっていたのだろう手杖ワンドを引き抜き、それぞれ《フレアランス》と《アクアランス》の魔法の詠唱を始める。

 こうなるともう会場はパニックだ。ロクな戦闘力を持たない貴族家の令嬢から叫び出し、次いで婦人たちが狂乱の叫び声を上げる。

 俺はその僅かな隙に、チラリと父さんを見やる。恐らく、そろそろ俺の意図に気づいていてもいい頃合いだ。

 案の定父さんは、両腕を上に上げて輪を作っていた。オーケーの丸だ。

 父さんからオーケーが出れば、俺が加減する必要はなくなる。

 安心して、本気の魔法を使ってもいいのだ。

 俺はこの場全体に影響を及ぼす、範囲魔法を展開するために、その呪文を唱えた。


「《大凍零平原ブリザード・バーグ》」


 瞬間、空間全体に巨大な魔法式が展開される。

 魔法式は起動と同時に反応を示し、水すらないこの場の壁を、床を、一面の氷で覆っていく。

 小さめな氷山が形成され、シャンデリアの蝋燭は全て消え去り、その空間の全てを凍てつかせんとする氷窟が完成した。

 急速に低下した気温によって、空間の水分が結晶化し、ダイヤモンドダストのように煌めいている。何故か足元の氷が光源となって、青白い光でその場を照らしている。


 第六階梯魔法、《大凍零平原ブリザード・バーグ》。

 周囲一帯を凍てつかせ、一面を氷で埋め尽くす大規模魔法。

 かなりの魔力を食うが、それだけに効果もご覧の通り。

 その空間にいる、俺以外のすべての人間の靴が、凍り付いてしまっている。吐く息は白く、冬のような寒さが室内を埋め尽くしている。

 ちなみにこの魔法、魔法効果とは別に、気温もどんどん低下する。こんな時、《コンフォータブルエア》は非常に便利だ。俺の周りだけは、常に安定した気温で調節されている。

 周りの人間は、皆一様に、唖然とした表情で俺を見ていた。無論、国王も、父さんも。

 そして誰よりも驚き、目を見張っているのは、他ならぬシルベスタだった。二人の部下もまた、魔法の起動すら忘れている。


「さて。これで分かったか? 俺とお前の、力量の差が」


 そう言いながら、俺が詰め寄っていくと、ヒッ、と情けない声を上げて後退しようとする。

 だが足下は凍りついているので、足が動くこともなく、情けなく尻餅をついた。

 それでも尚、手を使って這おうと必死にもがくが、動くことはない。

 一方の俺は、《アイスウォーク》という、滑りにくくする生活魔法を起動しているので、滑って転ぶ心配はない。

 俺はそんなシルベスタに歩み寄り、髪を掴んで持ち上げた。そして前屈みになり、シルベスタと視線を合わせる。

 その目には既に涙が溜まっていて、顔は恐怖で引き攣っていた。


「いいか。相手のことを常に慮って行動しろ。サレーネの反応を見れば、お前が一方的に押し付けた話であることは容易に想像がつく。自分が絶対だなんて、思いあがるな」


 シルベスタの恐怖に染まる目を睨み付けて、俺は淡々と告げる。残った魔力で、威圧用の《デリブル》の魔法を使う。

 こうすれば、恐怖が心の奥底に刻み込まれるだろう。そうなれば、もうサレーネに詰め寄ることもなくなるはずだ。

 シルベスタは既に、涙を流して失禁していた。


「返事は」

「は、はい! 二度とじまぜん、だがら命だげはぁ……」

「それでいい」


 突き放すように言うと、俺は髪を離す。掴まれ、持ち上げられた髪はボサボサで、それはもうひどい有様だった。

 若干心が痛むが、それも悪くないと感じていた。むしろそのしわくちゃの顔を見ていると、何か彭越感が湧いてくる。

 俺はもう必要ないと判断すると、指パッチンで魔法を起動する。


 第六階梯魔法、《魔法破壊式キャスト・バニッシュ》。

 あらゆる魔法効果を削除し、無かったことにする、俺の固有魔法オリジナルだ。


 これは、既に起動した魔法に干渉して、魔法効果を消し去るもの。原理は簡単。魔法を魔力に還元するのだ。

 それによって、空間全体を占めていた一面の氷が、一瞬で消え去った。

 こんな状況にしてしまったのだ。恥ずかしいと言うか、一刻も早く立ち去りたい。せめて格好は良くしていこう。


「気分が悪くなった。ここにはもう用はない」


 なんだか思春期に戻ったような、厨二心溢れるセリフがすらすらと紡がれる。

 俺はその一言を捨て台詞に、静かに扉から外へと出て行った。

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