第11話 魔道への思い
「ハアッ!!」
母さんの試合開始の合図と共に、兄さんが威勢よく飛び出してきた。
俺は落ち着いて、まず身体強化と判断速度の強化を行う。これを行わないと、そもそもまともに戦えもしない。
なぜならこちらは、肉体が五歳児なのだから。
これらの基本の魔法は、以前エリンさんから教わっていた。人生なにが起こるか分かるわけもない。だからこそ、準備は万全に行わなければならない。
二つの魔法を行使し続けるには、それなりの魔力を喰う。加えてこちらの魔力は大した量もない。長期戦はどうしても無理だ。
だが俺に取れる短期決戦の戦法は極めて少ない。これまで真面目に訓練に挑んできたクレオ兄さんの方が、手数も手札も多いに決まっている。
俺が取りうる最良の一手は、不意打ちからの短期決着のみ。こちらの勝機は、限りある手札をいかなるタイミングで切るかにかかっている。
切り掛かって来た兄さんは、走りながら魔法を発動して牽制にかかった。
「《ファイアーボール》!」
兄さんの掛け声と同時に、魔法式が五つ同時に
俺はそれを後退しながら回避する。まともに受けようとすれば、剣に触れた瞬間に爆発し、俺に致命的なダメージを残しかねない。
事実回避するたびに地面が爆発、陥没し、それなりの威力を内包していることがわかる。
だが兄さんはそれを狙っていたのか、爆発で舞い上がった粉塵を目眩しにして突撃して来た。
俺はそれに対し、直ぐに《クリエイトウィンド》を発動。風を起こして粉塵を打ち払う。
《クリエイトウィンド》は、魔法のレベルとしては最下位に位置する「生活魔法」に分類される。
生活魔法とは、特別な教養を得なくても、魔力があれば誰でも発動できる簡易な魔法のこと。《クリエイトウィンド》の場合は、主に洗濯後の乾燥などに用いられることが多い。火起こしの時の風送りにも使える。
そう、火起こしにも使えるのだ。
俺は素早く、懐から乾いたボロ切れを空中に散布。発火の生活魔法、《クリエイトファイア》で火をつけ、《クリエイトウィンド》を発動する。
ボロ切れは燃え上がりながら、風に乗って数刻滞空する。それは目眩しになると同時に、相手を怯ませる猫騙しのような一手にもなりうる。
案の定兄さんは、斬りかかるのをやめて後退し、俺との距離はしっかりと生まれた。
だが兄さんは、そこからまた次の一手を切る。
「《フレアランス》!」
兄さんが繰り出したのは、《ファイアーボール》のような火属性魔法の上位魔法、《フレアランス》。
十一歳で使えるのは、ごく限られた天才だけ。しかも兄さんは訓練を積み上げ、三つ同時の
エリンさん曰く、「十一歳としては驚異の戦闘技術」。
まさに努力のできる天才であるクレオ兄さんだからこそ成し得る魔法だろう。
だからこそ、俺はそれを逆手に取る。
確かに魔法の威力は強いが、その分溜めがいる。兄さんの練度では三秒ほど。ちなみに母さんはタイムラグ無し。
俺はその隙を突いて、懐から一本の小瓶を取り出す。そして蓋を開け、中身を剣にぶち撒けた。
同時に兄さんの魔法の起動が完了。炎で形成された三本の槍が空中を駆け、俺に向かって殺到する。
だが今度は、俺は前に飛び出し、剣で炎の槍を弾いた。
瞬間、俺の手の中で、剣が灼熱をあげて燃え上がる。
《フレアランス》という魔法は、その魔法の性質ゆえに、爆発しにくい。
形状を維持するために凝縮されていて、爆発のように散開することがあまりないのだ。
だからこそ俺は、剣で迎撃しても問題ないと判断した。
この技術は、中学時代の野球部に所属していた過去に起因している。動体視力が上がり、身体能力も上昇している今なら、外すはずもない。
そして先ほど剣に塗ったくった液体は、エリンさんに貰った、料理用酒を蒸留させて作ったアルコールだ。
酒に含まれるアルコールはエタノールと呼ばれ、転生前の世界では消毒などに用いられる。人体に入っても、時間をかければ分解できる安全なアルコールだ。
これの抽出は極めて簡単で、中学校ではワインを用いて蒸留実験を行ったくらいだ。
ちなみに、これらの製作は、《クリエイトファイア》を覚えた段階で既に始めていた。なにに使えるかはわからないが、とりあえず火を使って何かできるものを、と色々模索したのだ。
こういうものを作っていたから、引きこもっていたという事実もある。
飛び出した俺が《フレアランス》を弾き飛ばした様子を見て、クレオ兄さんは驚いた顔をしている。
俺はここぞとばかりに身体強化を強める。驚愕の隙をつき、俺は右手に持った燃える剣を振り下ろす。
流石にこれには兄さんも対応。手に持っていた剣で防御をとる。だが燃え上がる炎に煽られ、若干腰が引いている。
俺は左に拳を握りしめ、兄さんの剣を弾くと同時に鳩尾に殴りつけた。
「カ、ハッ……」
肺から空気が抜ける。
鳩尾は人体の急所の一つだ。丁度横隔膜がそこにあるため、一時的な呼吸困難になる。さらにここには神経が多く、痛覚が鋭敏なため、ダメージとしては破格のものとなる。
肉弾戦において、金的同様強力な一撃になるものを、俺は強化した体で使用した。
勢いを殺すため右足で着地して速度を落とし、倒れ込む兄さんの首元に燃え上がる剣を突きつけた。
「そこまで! 勝者、アルーゼ!」
魔法も使わない、それこそ持ち込みのような手も使ったが、これは戦闘そのものに意味がある戦いではない。
あくまでも、クレオ兄さんと戦って勝てるのかを、結果を問う戦いだ。
姑息? 卑怯? 初見だから?
そんなものは関係ない。
実戦において、卑怯もなにもあったものじゃない。持ち得る手札全てが正当、勝った者が絶対の正義なのだから。
そしてそれを理解できない人間では、両親はないだろう。
客席では、父さんが拍手を送っていた。姉たちは、さも茫然といった様子で、リディアは凄い凄いと手を叩いている。
やがて燃料の無くなった剣から炎が消える。流石に燃やしたせいで、刀身は黒く燻っているが、手入れをすれば元どおりになるだろう。
剣を鞘に収めると、客席にいる母さんに顔を向ける。
「母さん。
俺は戦うためではなく、純粋に魔法を楽しみたいんです。
魔法は自由で、自在です。その形は、あくまで魔法が決めている。
俺は知りたい。魔法という神秘の持つ、無数の輝きを。
母さんの求めるように、確かな実力も証明しました。
それでもまだ、俺を戦闘訓練に駆り出すんですか?」
目を見て、真っ直ぐに、俺の思いを口にした。
母さんは、ゆっくりと首を横に振る。
「いいえ。確かにアルーゼは、実力を証明した。私からは何も言うことはないわ」
そう言うと母さんは、俺の方に歩み寄り、俺の頭を優しく撫でる。
「だから、貴方は貴方の望む魔道を歩みなさい。私は精一杯、貴方の道を応援するから」
優しく、暖かく、その言葉を口にした。
その言葉で、俺は考えるのをやめた。
ただ一言、言うべき言葉を伝えて。
「————————はいっ!」
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