第10話 戦闘訓練

「戦闘訓練、ですか?」


 初めて聞くワードに、俺は思わず首を傾げる。


「ええ、そうよ。五歳になったら、みんな戦闘の訓練を始めるのよ。でも貴方はずっと部屋に閉じこもってしまって、全く関連する機会がないじゃない」


 そういうことだったのか。

 確かにいつも、俺は引きこもって生活していた。母さんの目につくこともあまりなかったはずだ。

 だが、母さんもまた、俺に戦闘訓練の話をしていない。


「初めて聞きました。どうして事前に話してくれていなかったのです?」


 母さんが止まる。恐らく、ようやっとその事実に気付いたのだろう。

 だが母さんは諦めない。


「それは今は関係ないわ。母さんは、貴方に、なぜ訓練に参加しないのかを聞いているのよ?」

「強引に隠すのはやめて下さい。これは真っ当な母さんの過失で、そしてそれを含めた酌量ある判断を取って然るべきだと考えます」


 人間は痛いところを突かれると逃げ出す。そういうところを突き続けるのは、会話の流れをこちら側に持って行きやすくする上等な手段だ。

 それは母さんも例外ではなく、さすがに押し黙ってしまった。

 周りでは、言葉が一切交わされていない。どうやら緊迫した状況なのは俺だけではないらしい。

 素早く状況分析している間に態勢を立て直した母さんは、一つ咳払いをして続けた。


「まあ、それは確かに私も悪いから、今回は見逃します。でも、今日からは戦闘訓練に出てもらうわよ」


 まあ、そう来るよな。

 俺はここが正念場と見極め、いざ直接対決と気を引き締める。


「それ、出なければなりませんか?」

「当たり前です。強くなければ、この先生きていくことは難しいわよ」


 当然の回答を母さんは返す。

 どうやら母さんが訓練に参加させたいのは、この先生きていく上での力を持たせたいからのようだ。

 転じて、これを回避する方法は、少なくとも一回は受けなければならないということになる。


「でしたら受ける必要はありません。俺は兄さんたちよりも強いですから」

「「「——!!!」」」


 三人の兄姉の顔色が変わる。

 当然だ。今俺は、自分の兄姉への挑発とも言える言葉を使ったのだから。

 予想通り、この反応には母さんも驚いたようだ。言葉が続かない。

 沈黙を破ったのは、父さんの笑い声だった。


「——フッ、アハハハハ!」


 唐突な笑い声に、その場の全員が父さんを見る。


「貴方、どうしたの?」

「いやなに、何か私の中で重なるものがあってな。つい笑ってしまった」


 そう断ると、父さんは真っ直ぐに俺を見つめてきた。


「アルーゼ。男が口火を切ったってことは、それを証明する事もできるんだな?」


 その言葉に怒りはない。むしろ面白がっている。愉快な人だ。

 恐らく父さんは、俺の目論見に勘付いている。だからこそ、話をもっていきたい方向に誘導した。流石と言うべきか。

 どうやら父さんは、面白いことにはとことん乗っていくスタイルらしい。


「ええ、出来ます。ですが何分実戦経験が無いので、加減が出来るかは微妙なラインなので、三対一は難しいです」


 正直に、そして大胆に、俺はそう口にした。

 父さんはその言葉を待っていたと言わんばかりに微笑み、頷いた。


「ふむ。良いだろう。私の名において、訓練アリーナを使うことを許す。存分に戦い、母さんに目にもの見せてやれ」


   ——————————


 闘技場。

 一歳の時、初めてここに来て以来、数度母さんに連れられて来たが、この闘技場内で戦うために来たのは初めてだった。

 もちろん、この戦いがどういった結末になるのかは見えている。

 ただ、他人の前で自分の魔法を行使するのは初めてだった。

 そんな俺は今、アリーナ内で剣を手に持って、その時が来るのを待っている。

 剣なんて初めて持った。両刃の刀身は鈍く輝き、鉄の重みが手に加わる。革で加工された柄は無機質な冷たさで、まるで覚悟を問われているような気がしてくる。

 包丁を持つのとは訳が違う。剣は人斬り包丁。同じ人間を斬るための武器だ。

 所詮は戦いのない平和な時代に生まれた人間。他人を斬る覚悟なんて全くない。


 ——だが。


 その時、クレオ兄さんが戦闘態勢で闘技場に入ってきた。

 武器は俺と同じ、特別な加工なんてなされていない鉄の剣。防具は胸当てがあるだけの、非常に軽微なものだ。

 クレオ兄さんは神妙な表情だ。兄姉の威信を一身に請け負い、この場に立っているのだから当然なのかもしれない。

 対して両親の表情は対極だ。母さんは審判に立っていて、俺がどんな戦いをするのか、とても疑問に感じている様子だ。

 逆に父さんは、俺の立ち回りを見極めんとしているように見える。しかも表情は、まるで子供のようにワクワクした様子だ。

 俺は周囲の観察をやめ、兄さんに神経を向ける。

 一挙手一投足を見逃さない気でかかるべきだろう。あれだけの啖呵を切ったのだ。口だけでは話にならない。


「試合は一本勝負、決着は剣の寸止め。あとは私が、その場に合わせた対応をとるわ。それでいい?」


 母さんが最終確認にと、ルールを纏める。俺は首肯、兄さんも続く。


「それでは、始め!」


 母さんの掛け声がアリーナに響き、試合の火蓋は切って落とされた。

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