第9話 母さんの目論見
ある日のこと。
いつも通り、朝食を摂って部屋に引き籠ろうとしていた時の話だ。
突如母さんが、俺の肩をがっしりとホールドした。
「待ちなさい、アルーゼ」
いつになく棘の篭った言葉だ。あの母さんから聞く言葉だとはとても思えなかったが、今は考えるよりも先に対応するべき場面だ。
爆弾処理のように冷静な判断を求める事態に、俺は幾分か戦々恐々としながら、母さんの方に顔を向ける。
その隙に、チラリと周りの人たちの顔を見れば、それはもう意外そうな顔をしている。唯一、父さんだけは、何やら死んだ魚のような目で俺を見ていた。
「貴方、どうしていつも部屋に閉じこもっているの?」
ストレートに聞いてきた。
そういえば前世は引きこもり気質であったことを、今更ながらに思い出す。
引きこもりは社会において拒絶される存在だ。無駄飯食らいやら社会不適合者やら、とにかく人として悪い存在であると認識される。
だがこれは社会全体の偏見だ。確かに非生産的な行動を取るような人間も多い。だが引きこもりながら生産的な行動を起こしている人間も少なくはないのだ。
社会において通説とは、より人心を掌握できる人間の思考回路に染まる傾向にある。
要するに、基本的に社会で台頭するのはコミュニケーション能力に長け、他者を排斥することに躊躇がない存在、つまり陽キャ連中であるということだ。
そして彼らのような存在にとって理解できない存在、排斥される傾向にある存在こそ、引きこもりの陰キャたちである。
得てしてこの世界でも、活動的な存在こそが容認されるのだろう。そして母さんの気質は、間違いなく陽キャ側だ。
しかし彼女の質問に正直に答えることはできない。時折日本語になるから、などと言ったところで笑われて終わるのが関の山だ。
むしろ冗談を言うななどと返されて仕舞えば元も子もない。
この場において答えるべき最適解は、嘘とは言い切れない嘘。真実の側面だ。
「俺は自室にこもって、本を読むことが好きだからです」
嘘ではないが、真実としては穴がある、上等な落とし所だろう。
だが母さんは諦めない。
「本を読むことが好きなら、図書室で読んでもいいじゃない」
「俺の部屋の方が心地いいんです。利便性も高いし、何より誰かが入ってくることがありませんから」
母さんの反論に、こちらも負けじと対抗する。
理由として正当性のある部屋についての説明を付け加える。説得するには効率の良い手段だ。
相手にデメリットを悟らさずにメリットを示す。交渉や商談の常套手段。
だがこの話題は、このまま続けるとボロが出てしまいかねない。話題は早急に切り替えるべきだろう。
「それよりも母さん、部屋にいることを咎めるというのなら、逆に部屋から出したい理由があるのでは?」
先手必勝。母さんの目論見を、ここで明るみに出す。
「え、ええ、そうね。確かに今はそっちが優先ね」
そういうと母さんは、咳払いを一つして、本当の話を口にした。
「どうして、五歳になったのに戦闘訓練を行わないの?」
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