第8話 先ず勉学より始めよ

 五歳になった俺が最初に行うことは、この世界に関わるあらゆる知識を得ることだった。

 自分の力でどこまで魔法を極められるのかを知りたい俺。まずは知識を得るところから始めなければならない。

 俺はもともと、こういう魔法といった概念が空想上のものでしかない日本で生まれ育った人間だ。その段階で、魔法が存在する世界とは発展の仕方に相違があることが安易に想像できる。

 日本で「電化製品」として、電力で動く機械は、こちらでは「魔道具」として魔力で使うことができる。

 ここから分かるのは、まずエネルギー源が違うということだ。

 日本では輸入に頼っていた化石燃料。だがここでは、それには一切の価値がない。電気すらも魔法で発生させられるので、タービンを回して発電する、といった過程が存在しない。

 逆にこちらで発達したのは魔道具の技術だろう。魔力を効率的にエネルギーに変換し、いかに精度のいい製品を作るかが、大きな鍵になっているはずだ。

 探究とは、先人たちの知識を得て、その更に先を見定めるものなのだ。

 俺は知識を得るために、屋敷にある本を片っ端から読み耽——ろうとした。

 この段階でようやく気が付いた。


 この世界は、文字が違うのだ。


 考えてみれば当たり前。文明の発展が異なるのならば、文字の発展も異なるのは自明の理。

 うっかりしていたのは、音声言語が日本語と同一のものだったからだ。つい感覚的に、言語が日本語であると誤認してしまっていた。

 だが俺は諦めない。

 俺は専属メイドのエリンさんを頼った。

 彼女に文字を教わりながら、俺は多くの本を読破していった。

 この世界の言語はレヴィアス語というらしい。なんでも、創世神話に登場する創世の神の名に由来するという。そしてこの言語は、文字が一種類しかなく、また表音文字だけだった。

 表音文字を二種類も覚えさせられた日本人からすれば、ひらがな、カタカナ、レヴィアス語といったように覚えてしまうのが楽だ。表音文字しかないのなら、音声言語と言語の作りは同一になる。よって俺はすんなりと、レヴィアス語をマスターしたのだった。

 ちなみにその様子を近くで見ていたエリンさんは、さも呆然といった顔で、その様子を見つめていた。言語の習得速度が尋常じゃないのだから、その反応は当然だろう。

 こうした俺は、最初の関門として立ち塞がった文字の違いを乗り越えた。

 こういうのはやはり数で、最初は読むのに何日もかかった本が、今では数時間で読むことができる。

 まあ、なにかを書く時には、たまに日本語が混じってしまうので困る。

 よって俺は、基本的に自室で過ごす引きこもりのような生活になっていった。視線を避けるために人目のつかぬ場所を探せば、結局は自分の部屋にたどり着くだけの話だ。

 その段階で、この世界の神話についても少しだけ知った。

 信仰は歴史を知る重要な手掛かりだ。人の歴史に宗教あり。信仰のために国すら消えることもあり得るのだから、人類はどれほど信仰を大切にしているかがよく分かる。

 この世界、というよりこの国では、クイアス教という宗教が国教と定まっている。

 しかし、信心深い人は別だが、あまり宗教行事は重要視されていない。

 だが、民間信仰で最も根強く残っているのは、天地創造神話アヴァニムス。

 創造神レヴィアスによって世界が作られ、全能神キシャトラスによって生命が誕生したとされるその神話は、破壊神ネスクタスによって一度滅亡する。しかし再度レヴィアスが世界を生み出す。再び滅亡が起こらぬように、キシャトラスは、今度は生命を支配する二体の龍を作り出し、最後に生命の監視者として人が作り出されるのだ。

 ざっくり説明すると、人は神が作り出した監視塔であるとする信仰だ。

 またこのクイアス教は、人々の間から生まれた宗教で、聖人クイアスが人々を救うためにレヴィアスから生み出され、人の世に降りたとしている。キリスト教に近い形だ。

 ちなみに、クイアス教は近隣国の一つである、宗教国家リヴァイサスが信心する宗教で、不思議なことに近隣諸国に信仰を勧めているのだとか。

 どこの世界でも、信仰は似たような方向性を持つらしい。

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