第15話 マスターキー

 連休が明けて、久しぶりの学校。


 教室に鞄を置いてから、僕は職員室へと向かった。

 この時間ならいるだろう。

 職員室の扉の横にある端末に学生証をかざし、扉を開ける。


 前後にある扉どちらからもほとんど同じ距離で、直射日光が当たらず、エアコンの風も直接当たらない位置にあるデスク。

 職員室内で最も居心地の良い位置に座るのは、僕のクラス担任、不知火しらぬい倫子ともこ


 不知火先生は帝国学園の教職員の中で校長、教頭に次ぐ地位に君臨するお局様だ。

 独身らしいが、年齢を含め、その辺りをつっこんで聞ける者はこの学園に存在しない。


 彼女は品のいい萌黄色のスーツに身を包んでおり、フォックス型のメガネ越しに、職員室に入った僕の姿を認めた。



「不知火先生、おはようございます」


「おはよう何でも解決するマンくん。今日はどうしたの?」



 授業中は鴨宮と呼ぶくせに、何でもない時間にする会話ではいつもこうだ。

 不知火先生がこんな感じなものだから、他の教師たちも大体が僕のことを授業以外で鴨宮と呼んでくれない。

 いいけどね、別に!


 不知火先生は僕らの学年の特1クラスを受け持つ教師だ。

 入学から卒業まで、特1の生徒を見てくれる。


 去年一年間の成績と、何でも解決するマンとしての行動をだいぶ評価してくれているらしい。

 生徒の間で『古典の不知火』の名を知らぬものはおらず、風紀の乱れや学力低下に厳しい彼女だが、どうにも僕と空園女史に対する態度は柔らかい。

 空園女史の行動を風紀の乱れとして取り締まってくれてもいいくらいなのに。

 いや、芽吹新聞の発行にOKを出してしまうくらいだから、それは望めないか……。



「いえ、ちょっと職員室内を調べたいんですけど、いつなら大丈夫か伺いたくて」


「すぐに終わるなら今でもいいわよ」


「助かります」



 僕はぐるりと職員室を見回した。

 後ろの扉から入ってすぐ左に並ぶ書類棚。その一角に鍵の保管スペースがある。


 基本的に学園の鍵は学生証や職員証で開錠できるのだが、電子錠に問題が起こった時のためにマスターキーが存在していた。

 部室棟の鍵と並んでぶら下がっているマスターキー。


 僕がこれを探したのは、去年の六月だった。

 クラスメイトのカンニングを暴いたことにより既に一定の信頼を得ていた僕に、お呼びがかかったのだった。



「どうしてあの時、マスターキーは不知火先生の机の下から見付かったんだろう」


「私に見えていなかったからではなくて?」


「それは見付からなかった理由です。そうじゃなくて、マスターキーを盗んだ犯人は何か理由があって不知火先生の机の下に鍵を落としておいたはずです」



 僕がマスターキーを探したタイミング、先生たちはみな、自分の机の周りを探した後だった。

 しかし、あの時、不知火先生は普段かけているメガネが壊れてしまったために予備のメガネをかけていた。

 予備のメガネは度が弱く、不知火先生は机の影に落ちていたマスターキーに気付けなかったのだ。


 あの時は不知火先生が普段と違うメガネをかけていることに気付いた僕がそのことを発言し、鍵が見付かったところで安心して教室に戻ってしまった。

 しかし、マスターキーが勝手にあの位置の不知火デスクまで飛んでいくなんてことは有り得ないわけで。

 すなわち、マスターキーを持ち出した者がわざわざそこに置いたということ。

 それには必ず意味があるはずだ。



「そう言われてもねぇ」


「ですよねぇ。あ、そろそろ教室に戻ります。ありがとうございました」


「はい。それじゃあホームルームで」


「失礼します」



 職員室を後にする僕の後ろで、不知火先生の雷が落ちた音がする。

 どうやら出勤時間が予定より遅れたようで、ホームルームの支度も一限の支度もまだ整っていないことへの説教のようだった。



「まあまあ、行平ゆきひら先生は三年目ですから……」


「そういう問題ではありません!」



 聞こえてくる会話に、フォローの仕方を間違えているなと思いながら教室へと向かう。

 不知火先生に対して勤続年数を言ったところで甘えと取られるに決まっている。

 あんなフォローなら、やるだけ火に油だ。

 普通に謝って、二度と同じことをしなければいいだけの話だろう。


 教室につくと、もうほとんどのクラスメイトが席に着いていた。

 自分の席に座ると、隣の席の空園女史が話しかけてくる。



「職員室に行っていたんですか?」


「うん、不知火先生がいる時間がいいだろうと思って」


「何か分かりました?」


「うーん、あんまり」


「そうですか……」



 いつだって思う。僕は探偵でもなんでもないのだと。

 ただ細かいことに気が付いてしまうだけの凡人だと。


 探偵だったら得た情報をもとに推理して解決、となるのだろうが、僕に推理なんてものは出来ない。

 目の前の現実だけが詳細に脳に飛び込んできて、苦しくなる。

 膨大な情報の中から必要なものだけを選び取って、言葉にして、そうしてようやく目を閉じることを許されるような。


 チャイムが鳴り響き、無意識のうちに止まっていた呼吸が戻ってくる。


 心配そうに僕を見る空園女史に、へらりと笑った。



◆◆◆



 空園女史は生徒会メンバーと風紀委員の面々を使って情報収集をしたらしい。

 集まった情報によれば、被害者は二十人ほど。

 被害者は皆、肌に触れる衣類の一部を切り取られており、マスターキーの紛失騒ぎより前に被害に遭った女生徒はいなかった。


 教室や更衣室の鍵は、その部屋を使う予定の教師と生徒にしか開けられないように設定される。


 警備室に行って帳簿に記入すれば、普段行かない部屋の鍵を開けられるように設定してもらえるが、そんなことをする人は滅多にいない。

 警備さんとも顔見知りだったため一応帳簿も見せてもらったが、設定変更をした人はいなかった。


 さらに職員証や学生証には、鍵を開けた部屋と時間が記録されるようになっている。

 それもあって、犯人は記録の残らないマスターキーを使っているのだろう。


 これ以上被害者が出ないうちに解決したいものだが……考えても、なにもひらめかなかった。

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