第14話 空園女史のリクエスト

 空園女史が行きたいと言ったのはスーパーマーケットだった。

 基本的に空園家の買い物はお手伝いさんが行うため、スーパーマーケットには数えられる程度しか足を運んだことがないそうで。

 様々な商品が所狭しと並ぶスーパーは、宝の山のように見えるらしい。


 ペンギンがマスコットキャラクターのあのカオスな店に行ったらとんでもないことになるんじゃないかと思いつつ、大型スーパーへとやってきた。

 何か欲しい物があるわけでもなく、空園女史はただ、楽しそうに端から棚を見ている。


 魚の切り身がパックで売られているのを見てテンションが上がっているので、なぜそんなに興奮するのだろうと思ったのだが、どうやら空園家には生簀いけすがあるらしい。



「捌く必要がないだなんて画期的ですね!」



 何年か前に、最近の子供たちが生きた魚を見たことがない故に、スーパーで売られている魚の切り身がそのまま海で泳いでいると思っているなんてことが問題になっていたが、それとは無縁だな。


 特売のシールが貼られた商品を見ては、その安さに驚いている。

 スーパーが庶民的な金銭感覚を養うための教室になるとは。

 僕は新鮮な野菜の選び方やら、お得な買い物の仕方なんかをちょいちょい教えてあげることにする。

 メモを取り始めそうな勢いで僕の説明に食いつく空園女史が面白かった。



 ふと、違和感を覚えて立ち止まる。

 視線の先には肩から鞄を下げ、左腕にカゴをかけた眼鏡の女性。

 違和感の原因を探り、僕は小声で空園女史に男性の店員、もしくは店長を呼ぶように言った。



「どうかしましたか?」


「あの人、万引き犯だと思う」


「え、わ、分かりました。呼んできます!」


「移動したらその都度メールしておくから」


「はい」



 空園女史を見送って、僕はまた女性に視線を戻した。

 僕の視界に入ってきた限りでは、今彼女が鞄に隠し持っているのは胡椒の瓶一つ。

 恐らくこれで終わりというわけではないだろう。


 結局、空園女史が店員さんを連れてくるまでの間に、彼女はカレールー、ガム、爪切りを鞄へとしまった。


 店員さんが女性に声を掛け、バックヤードへと連れていく。

 僕らも一緒に向かうことになった。


 女性の鞄からは僕の見ていた物品の他にも、いくつか小さな商品が出てきた。

 いくつかの万引きの瞬間はカメラにも映っていたらしく、本人も万引きを認めていることから大事にはならなさそうで安心した。


 犯行を否定したら詳しく話を聞かせてもらうかもということでついてきたのだが、どうやらそういったゴタゴタはなさそうなので、女性に顔を見られない内に失礼することにする。

 下手に恨みを買っても困るからね。


 店長さんからお礼がしたいと言われたが、僕はそれを断った。

 横から空園女史が、こういう人なんです。と訳知り顔で言った。

 何度も頭を下げる店長さんにこちらも一度頭を下げ、スーパーを後にした。



「それにしても、よく気付きましたね」


「ちょっと動きが不自然だったから目が行っちゃったんだよね……。そしたら棚からは商品が減ってる気がするけどカゴの中にその商品はなくてさ。万引きだろうなって」


「あー、なるほど。鞄に入れた瞬間は見ていなくても、棚の商品数とカゴの中身で分かるんですねぇ」


「うん。でもさすがに胡椒の瓶の数までバッチリ覚えてた訳じゃなくて、さっき見たときより減った気がするな、くらいだったから、万引き犯”だと思う”なんて微妙なことしか言えなかったんだよね」


「でもあの方がお店から出る前に気付けて良かったです」


「そうだね。暴れたりとかも、しなくてよかった」



 ケーキでいっぱいだったお腹は、スーパー探索と万引き騒動でいい感じに減っていた。

 少し遅めの昼ご飯を食べにラザニアで有名なカフェへ向かうことにする。


 そのカフェは店内に本棚がいくつも設置してあって、そこに置かれている本は好きに読んでいいらしい。

 ランチセットを食べ終え、メニューのデザートのページを眺めた後、空園女史は本を読まないかと提案してきた。

 お腹が落ち着いたところでデザートを注文するつもりなのは丸分かりだ。


 このカフェのデザートも気になっていたから、僕は頷き、二人でしばしの読書タイムを楽しむことにする。


 コーヒーゼリーとシフォンケーキを堪能し、店を出ると空は夕焼けに染まっていた。

 いい時間だ。僕らは駅へと歩き出す。

 太陽が落ちきる前に、空園女史を家まで送り届けなければ。


 秋、冬は夜が早く来るから嫌いです。なんて、言っていたっけ。

 本当に箱入り娘なのだなと思うが、自分に空園女史のような可愛い娘が出来たら僕も似たようなことになりそうだと思う。

 ただ、それでもグレたりせずにいい子(かなり個性的であることには目を瞑る)に育っているのだからすごい。


 まだそこまで遅い時間ではないからか、帰りの電車は空いていた。

 並んで座席に座り、ゴールデンウィークが明けてからの話をした。


 テスト週間になる前に、職員室でマスターキーについて調べること。

 他に被害にあった人がいないか調べること。


 被害者探しは僕がやるわけにもいかず、空園女史に丸投げすることになる。

 まあ知名度は抜群だから、きっと大丈夫だろう。


 そんなことをしつつも、テストではしっかり結果を出さなければならないわけで。

 そこまで心配はしていないものの、筋トレをしていくことを考えるとスケジュール調整は必要かもしれない。


 僕は空園女史と話しつつ、今夜からの勉強と運動のメニューを脳内で組み上げていた。

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