第13話 ショッピングにスイーツ

 初めて足を踏み入れたショッピングビルはどこを見てもオシャレだった。

 空園女史は慣れた風にメンズファッションの階までエスカレーターで上がると、フロア案内図に目を向ける。

 しかし、男性向けブランドにはあまり詳しくないらしく、店先に立ち並ぶマネキンたちを見ながらフロアを回ってみることになった。

 僕自身にさしてこだわりはないので、空園女史の着せ替え人形になることにする。

 差し出される服を片っ端から着ては脱ぎ、着ては脱ぎ。



「しんちゃんには柄シャツはあまり似合いませんね。白シャツに、柄のベストとかカーディガンはいい感じです! ……しんちゃんがコンタクトにしたらまた遊ぶ幅が増えそう……いやでもあんまり格好良くなりすぎても困りますし……」



 自分の世界に入り始める空園女史を現実に引き戻しつつ、結局春物のカーディガンを一着購入した。

 それからレディースファッションのフロアに移動したのだがキラキラ具合と人の多さが半端なかった。

 空園女史の好きなブランドの店舗もあるらしく、とりあえずはそこへ向かうことにする。

 通り過ぎる数々の店舗はそれぞれにジャンルの違う服を扱っていて、どれも空園女史に似合いそうだった。


 マネキンには似合っていても、実際自分が着ると思ってたのと違うな、となる現象に名前は付いているのだろうか。

 マネキンのスタイルと実際の自分のスタイルの差がそうさせているのだと思うが、それならば空園女史には当てはまらないかもしれないなと思う。


 手も、足も長く、細い。

 それでいて骨ばっているかと言われるとそんなことはなく、(こう言うと怒られそうだから口には出さないが)出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。

 身長こそマネキンの方が高いものの、店頭に立ち並ぶマネキンたちの身に付ける服を空園女史に当てはめてみても、なんら遜色ないと断言できるだろう。

 顔とスタイルがいいというのは、すごいことだなと改めて思った。



「どうしました? あ、ロリータ系の服しんちゃん好きです? 着てみてあげてもいいですよ!」


「い、いや! 空園くんは何着ても似合いそうだなと思ってただけで……」


「しんちゃんの好みのお洋服があったらすぐに言ってくださいね! 頭から爪先までしんちゃん好みの女の子になってみせますから」



 “空園美鶴”という人が好きなのだから、何を着ようとも好みになるに違いないと思う。

 思わず口に出そうになって、その言葉の恥ずかしさに気付き慌てて飲み込んだ。

 どうにも今日は恥ずかしいことの多い日だ。


 空園女史が自分の好きなブランドの服を試着しては僕に意見を求めてくる。

 何を着ていても可愛いので、僕の口からは延々と可愛いという言葉が出るのだけれど、空園女史はだんだんとそれが不満になってきたらしい。


 僕は慌てて少し具体的に答えることにする。

 とはいえファッションに詳しいわけでもなんでもないため、結局のところさほど具体的には言えないのだけれど。



「しんちゃんはどれが一番好きでした?」


「うーん……三回目に着てたワンピースかな……でも九回目に着てたトップスとスカートの組み合わせも良かったなあ。あと十二回目に着てたコートも」



 僕の返答を聞いて満足げに頷く空園女史と、驚きの表情を浮かべる店員さん。

 何回目に何を着ていたか覚えているのは普通じゃないのだなと思いつつ、空園女史が嬉しそうだからいいかとも思う。


 僕の言動を、普通のことのように受け入れてくれる空園女史には頭が上がらない。

 初めに救ったのは僕の方かもしれないけれど、それ以上に、僕は彼女に救われているのだ。


 僕がいいと言った物を全部まとめて購入している空園女史を眺めつつ、そんなことを思った。


 大きな紙袋を預かり、自分の服と一緒に左手に持つ。

 右手は空園女史へと差し出した。


 手を繋ぎ、あてもなく歩きながら、次はどこへ行こうかと尋ねる。

 お茶でも飲みましょうかと提案されたので、それならばと調べておいたスイーツを幾つか挙げた。

 フルーツケーキ、シフォンケーキ、フォンダンショコラにホットケーキ。

 フルーツが食べたいと返事が来て、今度は僕が先導する側になった。


 ショッピングビルを出て、少し歩く。

 人の多い大通りから、路地へ。控えめな看板が案内する先に、お目当ての店はあった。


 蔓の巻き付いた白いアーチ。

 ぶら下げられた鉢植えから覗く色とりどりの花と鳥のオブジェが、可愛らしい世界を演出していた。

 石とレンガで造られた緑の道を行くと、こじんまりとした店が見える。

 混雑を心配していたが、並ばずに入店できそうだった。


 白木の扉を開けると、カランコロンとベルが鳴る。

 テイクアウトも可能で、店に入ってまず目に付くのはガラス張りのケースに収められたフルーツの宝石箱たちだった。


 店員さんに案内されて、店内へ。

 オーク材とコットン生地で統一された内装を、空園女史は気に入ったようで安心する。

 鮮やかな写真の載ったメニューを広げて悩む空園女史に、好きなケーキを二つ注文したらいいよと告げた。



「二つと言わず、いくつ頼んでもいいけど」


「う……でもさっき見た感じ一つが結構なボリュームでしたし……大丈夫です。それに、また来たらいいのですし」



 真剣な表情でメニューと睨めっこした結果、空園女史は季節限定のフルーツタルトと、メロンケーキを選んだ。

 ケーキセットにして暖かい紅茶を二つ頼み、一息つく。


 僕らが注文する頃には空いていた席は全て埋まり、外で待っているお客さんも出てきたようで、タイミングが良かったことに嬉しくなった。


 ティーポットとティーカップがテーブルに置かれ、それからタルトとケーキがやってくる。

 白い皿の上で輝くカラフルな果物たちに、鮮やかなグリーン。

 どっちを先に食べたいかと聞こうとして、どちらの皿とも空園女史の前に並べた。



「写真、撮るでしょ」


「あ、撮ります!」


「どっちから食べる?」


「うーん……フルーツタルトから……」


「了解」



 数枚写真を撮ったことを確認し、メロンケーキを手元に寄せる。

 生クリームとメロン、それにスポンジが重なり合い、最上部はもはやメロンしか見えない。

 倒れないようにフォークで取って口に運べば、メロンの風味が一気に広がった。

 見えていた部分は全て黄緑色をしていたが、食べた断面からは橙色が覗いている。

 数種類のメロンが一度に味わえるとは、なんと贅沢なケーキだろう。


 半分食べて、空園女史の方へ皿を寄せると、フルーツタルトがやってくる。

 カスタードクリームの上にはイチゴ、オレンジ、バナナ、ブルーベリー、ぶどうにマンゴーが所狭しと並んでいた。


 甘味と酸味の絶妙なバランス。

 紅茶との相性もバッチリである。


 空園女史も顔を綻ばせて、二種類のケーキはあっという間に胃の中へ収まってしまった。

 紅茶を飲みつつ、これからどうするかの話をする。


 どこか行きたいところはあるかと尋ねると、空園女史は意外な場所をリクエストしたのだった。

 

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