第5話 後輩からの宣戦布告
芽吹女史の後に続いて、少し
既に陽は沈みかけていて、あまり多くない照明にぼんやりと照らされている芽吹女史からは、可愛らしいという印象は一切受けない。
こわい。
ひらすらにこわい。
「あ、あの……何のお話でしょうか……」
僕の方が先輩だというのに、この威厳のなさはどうしたものか。
けれど仕方ないだろう、僕は元々、こういうキャラなのだ。
芽吹女史の吊り目がちな瞳に睨まれると、昔を思い出して身が
そういえば先ほど、彼女は僕の名前を呼ばなかったか?
しかもフルネームで。
確か入学式の時、空園女史は僕の名前は言っていなかった筈だ。
別に僕の本名は隠されている訳でもなんでもないが、わざわざ誰かに聞いたのか。入学初日に。
「貴方が”何でも解決するマン”ってことですか?」
「い、一応……」
「嘘ですよね」
「え?」
あまりにも断定的なその言葉に面食らってしまう。
芽吹女史は変わらず僕を真っ直ぐに見つめているが、その瞳は睨むのをやめ、むしろ侮蔑の色を濃くしている。
「何でも解決しているのは、お姉様に違いありません。あなたはお飾り、そうでしょう?」
「いや……その……」
きちんと、説明すればいいだけのことなのだ。
元々はパシられることを“依頼”に置き換えるために”何でも解決するマン”を名乗ったのだと。
それから空園女史に振り回される形で色々なことを解決したけれど、これには自分の特殊な性質が絡んでいるのだと。
説明すればいいだけなのに、言葉が出てこない。
じわと嫌な汗が滲み出てくるのが感じられる。何かを言わなければ彼女はもっと不機嫌になるに違いないのに、口から出るのは途切れ途切れの呼吸音だけ。
少しはまともになれたと思っていたのに。
結局のところ、空園女史がいないと何も出来ないのか。
ずっと逃げ続けてきた視線を久しぶりに真っ直ぐ受け止めてしまった僕は、”何でも解決するマン”を名乗った時のように受け流すことも出来ずに押し黙ってしまった。
芽吹女史の足が苛立たしげにトントンと地面を叩く。
僕が何も言えなくなったのを見て、長く大きな溜息がその唇から漏れた。
「どうしてこんな人がお姉様の信頼を勝ち得てるの……? いいですか鴨宮新、私は認めません。断じて認めません。あの麗しいお姉様の隣にあなたのような自分の意見もまともに言えない、なよなよした男がいるだなんて!」
「う……」
僕は何も言い返せなかった。
その通りだと思ってしまった。
自分なんかが、空園女史の隣にいるなんて。
その時、ズボンのポケットに入れていた携帯電話が震えた。
ふと意識が自分の制服に移って、そして思い出す。
手帳に挟んだ、あの雑誌の切り抜きを。
『私を救ってくれた人に、今でも支えられています』
そうだ。
僕は決して、何も出来ない訳じゃない。
空園女史を救ったのだ、僕は。
そしてこれからもずっと、彼女を支え続けると心に決めたのだ。
芽吹女史に認められずとも構わない。
誰に何を言われようと、僕は”何でも解決するマン”だ。
僕は芽吹女史を見返す。
大丈夫。だって高校生になって、”何でも解決するマン“になれたじゃないか。
あの時だってめちゃくちゃ恐かった。
けれどあの瞬間にパシりになっていたら、小・中学校と変わらない毎日を送ると思ったから頑張ったんだろう?
大丈夫だ鴨宮新!
お前なら言える!
さあ、言うんだ!
「ぼっ、僕は!」
「な、んですか、いきなり」
「僕は”何でも解決するマン”だ! 空園くんじゃない、僕が、何でも解決してるんだ! き、君に、空園くんの隣は譲らない!」
突然の僕の反撃に、芽吹女史は驚いているようだった。
ネズミに噛まれた猫のように一瞬
「あなたの無能さ、絶対に暴いてやります。お姉様の隣に一番ふさわしいのは私なんですから!」
「の、望むところだ!」
「そのセリフ、後悔しないことですね」
「そそそそっちこそ」
「ふん!」
芽吹女史はプイと顔を背け、そのままスタスタと駅の方へと歩き出した。
僕はその後ろを、少し距離を取って歩く。
歩きつつも一応、毒餌の痕跡がないかを確認した。
けれど、既に暗がりになってしまっていることもあり、これでは何も見付けられないだろうと諦める。
スタスタと歩いていた芽吹女史が歩みを止め、くるりと振り返って僕に言った。
「ついてこないでくれます!?」
「僕も電車で帰るのに!?」
泣く泣く遠回りをして帰ることになった。
つらい。
先ほど震えた(そして実はあれからずっと震え続けている)携帯電話を取り出して確認してみれば、空園女史からの鬼のような着信通知とメール受信通知が目に飛び込んできて、僕が震えた。
つらい。
これから電車に乗る旨を連絡すると、電話は掛かってこなくなった。
僕は胸を撫で下ろしたけれど、何故か背筋がぞわりと粟立った。
まるで、どこかから誰かが見ているような。
そんな視線を感じた気がして反射的に振り返るけれど、車のヘッドライトが行き交う道路があるだけで、怪しい人影は見当たらない。
僕はどうにも落ち着かない気持ちを抱えながら、家へと帰った。
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