第4話 毒餌の捜索

 通常であれば付かない方向に向かって付いた足跡。

 その足跡を辿るように茂みの中へと足を進めれば、百円ショップで売られているようなプラスチックの容器に入れられたウェットタイプの餌があった。



「あった」


「同じだ、俺たちが見付けたのと」


「俺たち?」


「おう、酔っ払ってひっくり返ったヤツが茂みに突っ込んだらそこに、な」


「うわぁ」



 目の前に毒殺された猫の死体ときたら、それは酔いも醒めたことだろう。

 僕は容器を回収する。

 山盛りになっている餌は恐らく置かれた時のままだし、くしゃみも出ない。

 僕は少し安心した。


 それからも掻き分けられた植え込み、折られた枝や鳥たちの動向などに注意しながら怪しい場所を見付けては、その周辺を源さんと捜索する。


 幸いなことに猫の死体には出くわさなかったけれど、結局毒餌は十ヶ所から見付かった。

 どれも植物の影だったり、木のうろだったりに仕掛けられていて、食べられた痕跡はなかった。


 十ヶ所目を見付ける頃には、もう陽もだいぶ傾いていて、これ以上の捜索はやめようということになった。

 しかし、まだ探せていない場所もかなり残されている。


 ここはあの人に相談した方がいいか……。


 僕は一つの溜息を吐いて、携帯に登録された番号へ電話をかけた。

 出ないなら出ないでいいやと思っていたのに、ワンコールで相手が電話を取ったのが分かる。



『鴨! お前元気でやってるのか!』



 電話が繋がった瞬間、大きな声が僕の耳を突き抜け、思わず携帯を耳から離した。

 電話の向こうにいるのは僕が帝国学園に入るキッカケとなった初老の刑事、成瀬なるせさんである。

 

 成瀬さんは何か事件があるとすぐに僕を巻き込もうとするので、最近は敢えて彼との接点を作らないようにしてきた。

 だが、この状況である。そうも言っていられないだろう。



「元気です。ご相談があってお電話しました」


『おう、どした』


竜頭之池りゅうずのいけ周辺の森に、毒物の混ぜられた餌が複数設置されていたんです。とりあえず十個見付けて回収しましたが、まだ全体を調べ切れていません。これからこの餌を持って交番へ行くつもりですが、僕と源さんだけだとあまり真剣に取り合ってくれないかもしれないので」


『ああ、交番近いか? このまま電話繋げといてもいいぞ。今は署にいるからな』


「ありがとうございます。そんなに遠くないので、そのまま向かいます」



 僕と源さんは餌の入った容器を抱えて一番近い交番まで急いだ。

 森の中の散歩道から大通りに出る。駅に向かって伸びる大通りを少し歩けば、交差点に交番があり、中には警官が一人座っていた。

 僕らは引き戸を開けて警官に一礼し、携帯電話をスピーカーにしてから事情を軽く話した。

 成瀬さんの協力もあって、応援を要請して毒餌の回収に当たってくれることになり、安心する。


 ついでにそのお巡りさんに毒餌を見付けるコツを教えたところ、目を丸くされてしまった。

 源さんと成瀬さんに、それはお前にしか出来ない芸当だと言われ、恐縮する。

 自分にとっての普通が周りの人にとっては普通ではないことを、理解しているつもりでも、線引きが難しい。


 僕らはお巡りさんに毒餌を託して頭を下げると、交番を後にした。

 源さんの家はここから駅とは逆方向に歩くのだが、僕を駅まで送ってくれるらしい。一緒に駅まで続く道を歩く。

 等間隔に設置された街灯が一斉に灯るところは、いつ見ても壮観だ。



「鴨宮新!」



 突然フルネームを叫ばれ、足が止まる。

 どこかで聞いたことのある声に、振り返りたくない気持ちが膨れ上がるけれど、源さんと一緒にいる手前、無視も出来ない。

 覚悟を決めて振り返ると、そこには思った通りの人物。

 芽吹女史がいた。


 

「ちょっとお話よろしいですか」



 そう言ってクイと顎で森の中を示した芽吹女史をきょとんと見つめた源さんは、数秒考えてからはは〜んと訳知り顔で数回頷いた後、ニヤニヤしながら僕を見てくる。


 違う。違うんです源さん。

 貴方の思うようなことはこれっぽっちもないんですよ!


 芽吹女史はそんな僕の気持ちなどお構いなしに、僕を真っ直ぐに睨み付けてくる。

 腰に手を当てた仁王立ちポーズで真っ直ぐに。

 こわい。



「美鶴ちゃんには内緒にしておくな」



 源さんは僕に向かって下手くそなウインク(結局両目とも瞑ってしまうやつ)を繰り出し、芽吹女史からは死角になっている方の手を力強くサムズアップしてくる。

 それは男同士にしか伝わらない、物凄い情報量を含んだ渾身のサムズアップだった。


 違う違う、違うんだってばぁぁぁ……!!

 行かないで!

 行かないで源さん……!!


 そんな僕の心の叫びも虚しく、源さんは踵を返して自宅の方向へと笑顔で去っていった。

 その笑顔の中には、あとで詳しい話きかせろよと、そんなサブテキストがありありと見て取れて胸が苦しくなる。

 なんでこんなに言外のやりとりをしなきゃならないんだ。

 しかも僕の否定は完全スルーで!!


 一人残された僕は、芽吹女史からの無言の圧力を受けながら、また森の中へと戻るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る