第10話 聞き取り調査
先輩からの依頼を受けて数日。
僕と空園女史は放課後、三年生の教室が並ぶ階へやってきていた。
僕らの教室の階よりも、大学や就職先の案内が多く貼られ、流れる空気もやや硬く感じられる
いくつかの窓が開け放たれ、そこから吹き込む少し暖かな風がその雰囲気を和らげていた。
郡上先輩が教室の入り口からひょこっと上半身を覗かせ、僕らの姿を見つけて手招きした。
少し小走りで教室へ向かうと、窓際の後ろの席に三人の女生徒が座っている。
彼女たちが、被害者なのだろう。
それぞれが立ち上がると、丁寧に挨拶をしてくれた。
ショートカットの黒髪、何度か陸上大会で記録を出して表彰されていたのを見たことがあるボーイッシュな女生徒、
ほんのり茶色がかったボブカット、真っ直ぐに切り揃えられた前髪からきょろりと大きな目でこちらを見ているのは
くるりと巻いてある黒髪を低い位置で二つに結んだ、やや垂れ目の女生徒は
僕と空園女史も挨拶をし、みんなで輪になるように座ると被害にあった状況を聞かせてもらった。
悠木先輩は部活が終わり、女子陸上部の部室に戻って着替えた時に着てきたキャミソールに不自然な穴が空いていたのだと言う。
その日は試験期間中だったこともあり、活動している部も少なかったことから、部室棟にあまり人気がなかったらしい。
人気がないとはいえ、部室にはもちろん鍵が掛かる。
部室の鍵はオートロックではなかったが、悠木先輩本人が鍵を掛け、その鍵はマネージャーに渡し、マネージャーのポケットにずっと入ったままだった。
走り込みがしたいと無理を言った悠木先輩の他にグラウンドに来た陸上部員はいなかった為、部室の鍵を他の部員に渡すといったこともなかったそうだ。
「キャミの穴がさ、ハサミで切られたみたいな穴だったから気持ち悪くなってね。だから顧問に伝えたよ。用務員さんとも確認したけど、鍵は壊れてなかった。もしかしたら穴に気付かずに着てて、穴が開けられたのは違うタイミングなんじゃないのかって顧問に聞かれたけど、それはないと思う。ロッカー開けて、畳まれてるキャミ持ち上げた瞬間に気付いたから」
「なるほど。ありがとうございます」
「うーん……密室ですね……」
「あ、ちなみに窓もきっちり閉まってたよ。鍵も無事」
「完全に密室ですね!」
「そ、空園くん、わくわくしないで。みんな被害者なんだから」
「あ、ごめんなさい、不謹慎でした」
空園女史がぺこりと頭を下げると、悠木先輩は気にしてないよと笑った。
豊沢先輩が、次は私の番と身を乗り出し、話し始める。
彼女は部活には入っておらず、被害にあったのは体育の授業中だと言った。
豊沢先輩はお腹が弱く、いつも腹巻をしているらしい。
だが、体育の時は汗をかく為に脱ぐのだと。
その腹巻に、穴をあけられたのだ。
腹巻とは言っても、おじさんの腹部に描かれるようなものではなく、可愛い柄付きの物らしい。
「いまもしてるけど、見る?」
「けけけ結構です!!!!!」
おもむろにスカートにしまわれたブラウスを引っ張り出そうとする豊沢先輩を、僕は慌てて止める。
空園女史の手は、僕の目を塞ごうと伸びかけて静止していた。
もし豊沢先輩の素肌でも見えよう物なら、恐らくあの指は僕の両目に突き刺さっていただろう。
空園女史の手が膝の上に戻るのを確認して、僕は息を吐いた。
部室棟の更衣室と違い、校舎の更衣室はオートロックだ。
ただ、悠木先輩の場合と違って、更衣室の鍵を開けられる人間は多い。
女子の学生証を所持していれば誰でも開けられるのである。
最先端を行く方が多数の人間に開けられるとは、なんとも微妙な話だ。
しかし、女子が犯人というのもどうにも腑に落ちない。
「あの、失礼ですが、女子同士の嫌がらせ的なことってありえますか?」
「ん、誰かに嫌われてるかってこと? 多分ないと思うけど……自分ではなんとも」
「咲耶も莉音も結蘭も、特別誰かに嫌われてるとかそういうのはないと思う。みんなそれぞれ仲のいいグループは違うけど、一応ここ、特2だし、みんないじめする暇あったら勉強してるんじゃない?」
「なるほど……一般クラスから妬まれるという線もなくはないですが、それなら特2より特3の人を狙った方が枠的には近いですから、違う、かな……」
「しんちゃん、煮え切らないですね」
「うーん、まあ。これだっていう物はないかな、今までの話を聞く限りだと」
最後に志島先輩である。
志島先輩は教室に置いたままにしていた予備の体育着を切られたらしい。
いつ切られたかは不明。
夏休みが終わって家から持ってきたっきり、冬まで出番がなかった為に放置していたからだ。
体育着を忘れた十一月五日、予備を引っ張り出した時に気付いたのだと言う。
「シャツには何もされてなくて、短パンのお尻のところだけが切り取られてたのよねぇ。結局その日は短パンも長ジャージも持ってきてた子に借りて体育に出たのだけど」
どんどんと犯行現場に入れる人間の範囲が広がっていくことに苦笑しつつ、僕は思いを巡らせた。
一番の問題は、部室棟だ。
陸上部の部室の扉を開けることが出来たのは、マネージャーの所持していた鍵と、マスターキーのみ。
マスターキーと聞いて思い浮かぶのは、この学園に入学して割とすぐの頃、ひょんなことから解決してしまったマスターキー紛失事件だ。
谷倉先輩が懸念した通り、もしマスターキーが紛失したのではなく盗難にあっていて合鍵が作られていたとしたら。
女生徒の下着や体育着を切り取って持ち去る変質者は、マスターキーを盗み出した人物と同一であるかもしれない。
あの時、マスターキーが見つかってそれきりにしてしまった事が悔やまれる。
紛失と断定せずにもっと調べていたら、この事件は起きなかったかもしれないのに。
「しんちゃーん、考え込んで勝手に凹むのは結構ですけど、私たちにも情報共有してくださいねー」
「あ、ごめん」
僕はマスターキーの事をみんなに話した。
悠木先輩が被害にあった状況を考えると、マスターキーの合鍵を使用した可能性が高いと。
去年の今頃の話だ。
もう証拠になるようなものは残っていないだろうけど、職員室を調べる必要がある。
僕は先輩方に調査を続ける旨を告げ、教室を後にした。
「これ以上被害が広がらないようにしたらいいんですよ」
「そうだね」
「も〜〜! そんな暗い顔しないでください! えいえい!」
「ふはっ、ちょ、くすぐるのは、なし……!!」
脇腹に空園女史からのくすぐり攻撃を受けて吹き出す僕の目に、階段に繋がる曲がり角の壁から顔を覗かせてこちらを睨む芽吹女史が飛び込んでくる。
僕は思わず悲鳴を上げ、何を勘違いしたのかテンションの上がった空園女史を落ち着かせるのに苦労する事になったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます