第9話 先輩からの依頼

 全授業が終わってのホームルーム。

 通常配布されるプリントよりも明らかに枚数の多い紙の束が教師の手により配られた。


 そこに書かれている文字を見て、僕の思考回路が一瞬停止したのは言うまでもないだろう。


“芽吹新聞”


 一面も二面も三面も、全てが全て空園女史の情報で埋め尽くされていた。

 恐らく、新聞や雑誌に掲載された空園女史のあれそれをまとめあげたものであったが、時折、その情報はどこから入手したんだ?というようなものが混じっている。


 隣に座る空園女史は珍しく羞恥に顔を歪ませ、新聞を念入りに読むクラスメイトに抵抗していた。



「ぜ、全部真実なのがまた……」


「ガチだね」


「というより、何ですか。個人新聞がホームルームで配られるなんて聞いたことがありませんよ」


「たくさんの人に読んでほしかったんだろうねぇ」


「まさか……全校生徒に……」


「だろうね」



 空園女史はガックリと肩を落とし、大きく溜息を吐いた。

 芽吹新聞が配られた他は特に連絡事項等もなく、ホームルームが終了する。


 僕らは荷物をまとめ、教室を出た。



 四月も終盤に差し掛かり、もう寒さは感じない。

 ゴールデンウィークを控えて、何となく学校全体もそわそわしているように思えた。


 空園家はグアムに行くらしい。ベタだ。

 僕は平凡な一般人である。勿論、海外旅行など夢のまた夢。

 まあ、家でゆっくり買うだけ買って読めていない本でも読むことにしようと思う。

 成瀬さんからのお呼び出しがなければ、の話だが。



「しんちゃんに一週間近く会えなくなるのは心苦しいです……」



 そういえば去年の夏休みも似たようなことを言って図書室へ突然現れたのだったっけ。

 そんなことを考えながら、源さんに毒餌騒動の進展を話に行くべく僕らは並んで歩き出した。

 下駄箱で靴を履き替え、校舎を出て中庭へ。

 暖かく、いい天気だからか中庭のベンチはいつもより埋まっているように思う。


 歩きながら、芽吹新聞を鞄から取り出した。

 教室では流し見しかしていなかったのだが、芽吹新聞と題された部分に書かれていた数字列が、意味のあるようなものに思えたからだ。


 1と0の羅列。

 空白の位置。


 まず思い浮かぶのは、馴染み深いアレだ。

 単純すぎるかと思ったが当て嵌めてみる。


 やはり違ったが、どうも、正解には近いようだった。


 ひっくり返してもう一度。

 

 スキナノミモノハナンデスカ


 どうやら当たりだったらしい。

 好きな飲み物なんて聞いてどうするんだろう。

 そう思いながらも脳内は勝手に僕の好きな飲み物を弾き出す。



「ほうじ茶……かなぁ」



 唐突な呟きに、空園女史は怪訝そうな顔をして僕を見た。

 空園女史にその呟きのワケを話そうとした瞬間、僕と空園女史の間に割り込んできた人影があった。



「ごきげんよう、お姉様! いかがでしたか、私の芽吹新聞は! 本来であればお姉様の名を冠するのがふさわしいと思うのですが、部の決まりによりそれは叶わなかったのです」



 畳み掛けるような言葉と、そして輝きに満ちた瞳。

 空園女史がこんなにもたじろいでいる姿を見たことがあっただろうか。

 凄いな。芽吹女史。

 僕は二人の会話(?)を邪魔しないようになるべく静かにその場から離脱した。


 近くの空いていたベンチに座りながら、報告内容を反芻する。


 毒餌は、恐らく全て回収されたらしいこと。

 警察の手が入ったことは犯人にも伝わっているだろうから、再犯があるとしてもすぐではないだろうこと。

 毒餌を入れていた容器は百円ショップにて購入されたものであるということ。

 犯人の目撃情報などはなく、百円ショップもそれなりの数存在しているので、割り出すのは難しいだろうとのことだった。


 あれから何度か森林公園を歩いたが、不審な人間は見当たらなかった。

 再犯を防ぐため森林公園の管理をしている部署に掛け合って、見通しの悪い場所を減らしていくようにしたらしい。

 毒餌だけでなく、他の犯罪対策にもなるだろうと。

 森林公園が過ごしやすい場所に変わっていくことに安堵したものだった。


 ふと、視線を感じて顔を上げる。

 空園女史からのものだと思ったのだが、どうやらそうではなかったらしい。

 三年生の女生徒が一人、僕の座るベンチへと近付いてきた。



「何でも解決するマンくん、だよね? 初めまして、三年特2の郡上ぐんじょう 葉月はづきって言います。実は相談があって……その、大きな声では言えないんだけど」



 そう言うと、郡上先輩は僕の隣に腰を下ろし、声のトーンを落として話し始めた。


 先輩曰く、去年の夏休み前くらいから、女生徒の着衣の一部が切り取られることがあったのだとか。

 それは頻繁に起こる訳ではなく、時々、らしかった。

 ただ、その先輩もその事件に関して全ての被害を把握している訳ではなく、誰にも言えずに一人で抱え込んだ女生徒もいるだろうと。

 先輩のクラスでは、先輩の知っているだけで三人、その被害にあったという。


 僕はその三名の名前を聞いた。

 先輩に、彼女らと話が出来るようにお願いをして、部活に行くと言う先輩に別れを告げた。



「変質者、でしょうか」


「おわぁぁ」



 いつの間にか話を聞いていたらしい空園女史の声がすぐ後ろから聞こえ、僕は思わず身構える。

 芽吹女史も聞いていたのだろうか?

 芽吹女史は少し離れたところでこちらを伺いつつ、何か考えているようだった。



「うーん……でも、この学校ってそれなりのセキュリティに守られてる筈なんだけど」


「確かに。では内部犯でしょうか」


「まだ何とも言えないけど……誰にも気付かれずに女子の着衣を切り取れるとなると、学園関係者ではあるだろうね」


「卒業生という手もありますね」


「被害者の話を聞くまで分からないな。状況次第では、誰にでも出来たことなのかもしれないしね」


「それにしても……もっと早く相談してくださればいいのに……」


「僕、男だし、言いにくかったんじゃない?」


「むぅ」




 僕は立ち上がり、空園女史に視線で聞いた。

 芽吹女史は、もういいのかと。

 もういいのだと頷いたのを見て、僕らは再び歩き出す。


 芽吹女史は追い掛けてはこなかった。

 追い掛けては来なかったのだけれど、その瞳には自分がその犯人を見つけてやるのだという闘志の炎が燃えていた。


 僕はそれに気付かなかったフリをして、ただ、一つくしゃみをするのだった。

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