第8話 まさか、ね。
芽吹新聞を部長に提出し、無事全校生徒に配布する許可をもらった私は、嬉々として廊下を歩いていた。
昼休みに刷られる予定のその個人新聞は、今日の帰りのホームルームで配られることになるだろう。
私や新聞部にもっと予算と権力があったなら、見開き一面お姉様のフルカラー写真にするのに。
生徒会選挙の立候補期間が来たら立候補して当選する気まんまんの私だったが、新聞部の部長になるのもいいかもしれない。
幸いなことに部活と生徒会の両立は学則で禁じられていない。
何としてでも二足の草鞋を履こうと心に誓ったのだった。
特進クラスでの授業が始まって驚いたのは、クラスメイトたちのやる気の凄さだった。
中学時代には考えられないほど、授業中の教師への質問が多い。
ディベートをしてみましょうと言われて数人でグループを作れば、全員が全員、積極的に発言するのだ。しかもしっかりと自分の意見を持って。
私も疑問点があれば質問するし、自分の意見だってある。
他のクラスメイトに遅れを取るようなことはないと思っているが、それにしても想像以上だった。
私がいるのは特進クラスの中でも一番のクラス。
学年で成績上位二十名のみが在籍できる"特一"である。
お姉様も一年の頃はずっとこのクラスにいたと聞いている。
忌々しきは、あの男までもこのクラスにいたということ。
そして更には、二人ともが常に満点の成績を叩き出した結果、一年を通して常に隣の席だったということだ。
私がそこに座りたかった。
お姉様の隣に。
唯一の心配事といえば、お姉様の隣に座っていることで、黒板よりもお姉様を見てしまうのではないかということだった。
まあ、そんな心配をするまでもなく、私がお姉様の隣に座ることは出来ないのだけれど。
だからこそ、腹が立つ。
恐らくお姉様も、そしてあの男も、卒業するまでずっと学年一位でいるはずだ。
それはすなわち、三年間ほとんど毎日隣の席に座り続けるということ。
なんて羨ましい。
なんて妬ましい。
私がどう頑張ったって到達出来ない場所に、やすやすと(学年首位の成績を修め続けるという大変さはあるにしろ)留まり続けるあの男が、どうにも憎らしくて堪らないのだった。
入学式の帰り、学園周辺の様子を知っておこうと散歩していた私の目の前にあの男が現れた時、つい声を掛け、宣戦布告してしまったのも仕方のないことだろう。
年下である私にもまともに喋れない、あんな頼りない男が!
お姉様の!
隣に!
バンという音がして我に返ると、私の右手が壁を殴っていた。
廊下を行き交う生徒たちが何事かと私を見ている。
やば。
私は周囲の生徒たちに誤魔化すような笑顔を振りまき、そそくさと自分の教室へと向かうのだった。
◆◆◆
放課後、普段であればお姉様の元へと即座に向かう私は校舎内をブラついていた。
何故かと言えば、芽吹新聞への生徒の反応が気になったから。
評判は上々らしかった。
私の持っているお姉様の情報の中でも選りすぐりのものを載せたのだ、当然である。
しかし、やはりといえばやはりなのか、私の暗号を解読できた人はいないようだった。
まあ、まだ配られてからさほど時間も経っていない。
数日すれば、私に暗号で手紙を送ってくる生徒の一人や二人出てくるだろう。
「バイバイ、ユキちゃーん!」
「ちゃんと先生って呼びなさいって言っているでしょう」
「はぁーい」
私の前を、理科室から出てきた女生徒が笑いながら走り去っていく。
補習でも受けていたのだろうか。
ユキちゃんと呼ばれた教師は困った顔をしながらも、それ以上きつく咎めることはなかった。
その態度が、よくないのでは?
ふとそんなことを思う。
新聞部の顧問をしている古文教師の
お姉様の新聞を全校生徒に発行するための説得も、まず部長を説き伏せて先輩方を仲間につけてから臨んだほどだ。
それでも、普段ならばすらすらと口から出てくる言葉に詰まってしまいそうになるくらい、緊張した。
ユキ先生にも、同じくらい威厳があればいいのに。
だが、白衣の下から時折覗く線の細い身体。
たれ目がちな瞳はいかにも気弱そうで、常に眉間にしわを寄せ、般若の形相の不知火先生とは雲泥の差であった。
と、そんな詮ないことを考えながら廊下を歩いていると、お姉様の声が聞こえた気がして思わず立ち止まる。
うん、気のせいじゃない。
私は
◆◆◆
お姉様の姿を視界に収めると、勝手にあの男までフレームインしてくる。
私はもやりとした気持ちを隠しもせずに二人に近付いていった。
「ほうじ茶……かなぁ」
そんな言葉があの男の口から発せられ、しかもその手に握られていたのが芽吹新聞だったから、私は思わず歩みを止めた。
ほうじ茶。
“好きな飲み物はなんですか”
それが、私の暗号分の内容だった。
まさか。
いや、きっとお姉様が暗号を解き、あの男に質問したに違いない。
流石はお姉様。
私は、あの男の発言の前にお姉様の口が動いていなかったことに気付いていながら、それをなかったことにした。
そして気を取り直して、元気に挨拶するのだ。
「ご機嫌よう、お姉様!」
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