第2章 新聞部と恋心

第7話 芽吹の新聞

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芽 吹 小 春 新 聞


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 スクリーンに映し出される白い画面。

 そこに文字を打ち込んでいく。


 念願の帝国学園に入学し、私が最初にしたことと言えばお姉様への告白である。

 あんなはしたない真似、するつもりはなかったのに。

 お姉様の挨拶にうっとりしていたら飛び込んできた”何でも解決するマン”の言葉に思わず前のめりになってしまった。


 鴨宮新。

 あの男のことは知っている。

 ただのいじめられっ子じゃあないか。


 何がお姉様の琴線に触れたのか知らないが、あんな男がお姉様の隣にいるだなんて許せない。

 私は絶対に、あの男の化けの皮を剥いでやる。

 お姉様の隣に立つべきは私なのだと、証明してみせる。必ず。


 本当は生徒会に入りたかったのだけれど、入学早々の生徒会入りが認められるはずもなく、私は結局新聞部に入部を決めた。


 あの男のインチキをあばいたのち、暴露するのにも好都合だ。

 今の内に全校生徒から、新聞部としてある程度の信頼を得ておく。

 そうすればインチキの証拠を手に入れた時の号外も、きっとたくさんの人が、真実味をもって読んでくれるに違いない。


 三ヶ月に一回発行される季刊新聞は、部長(編集長)の采配で載せる記事が決定される上、記事のサイズも編集をメインに活動する部員たちの間で決められてしまう。


 けれど幸いにも、新聞部では個人新聞の発行が認められていた。

 新聞部員が個人で発行する新聞に関しては、その題材から体裁から何から全て自分で決めてよいのだ。

 私の想いを表現するのに、これほど適した物はない。

 とりあえず最初の個人新聞は、お姉様についての紹介をすることにした。


 入学式の挨拶の時にもそれなりにお姉様についてのあれこれを話した記憶があるのだが、いかんせん前のめりになっていたものだから、かなりの早口になってしまっていた。

 あれでは恐らく、私の伝えたかったことの半分も伝わっていないだろう。


 それに、入学式には基本的には新入生しかいなかった。

 在校生なら、現生徒会長であるお姉様の素晴らしさなど、もう暗唱できるレベルで身に沁みているに違いないけれど、万が一ということもある。

 全校生徒にお姉様の素晴らしさを知ってもらわなくては!


 個人新聞は発行枚数に制限があると部長からの説明があったけれど、他でもないお姉様の記事を書くのだから問題ないだろう。

 なんなら新聞のタイトルからして"芽吹小春新聞"なんかより、よっぽど"空園美鶴新聞"にしたいくらいなのだ。

 そんな素晴らしく完璧な新聞を全校生徒に配布せずして何を配布しろというのか。


 私のこの熱意を伝えれば、必ずや私のこの新聞は全校生徒の手に渡るだろうという自信があった。

 何なら教師や用務員も含め、校舎内にいる人全員、いや、もはや竜頭之池りゅうずのいけ周辺にいる皆々様にも読んでもらいたいくらいの代物である。


 私はパソコンの変換機能が間に合わないくらいのスピードでキーボードを叩いた。

 少しずつ遅れてひらがなに変換され、漢字に変換されていく文字列を見ながら、新しいパソコンが欲しいなと思った。


 私の家は決して裕福とは言えない。普通の家庭だ。

 父と母、そして兄と暮らしている。

 兄は公立高校に進学したけれど、私は何としてもお姉様と同じ高校に入学したかった。


 帝国学園の学費は他の私立よりやや高い。

 ただ、入学試験で高得点を獲得すれば、特待生として学費が何割か減免されると知り、死に物狂いで勉強した。

 しかし、流石は名門校。

 私以上の高得点者がいたようで、私は特待生にはなれなかった。

 面接での印象は私の方が良かったらしく、新入生代表の挨拶は私に任されることになったようなのだけれど。


 だから私は、既に両親にかなりの負担をかけているのである。

 現状、新しい高性能なパソコンが欲しい、などとは口が裂けても言えなかった。


 アルバイトを始めようか。

 自分の時間も確保しつつ、あの男の調査もしつつ、出来ればお姉様の行動範囲内で出来るアルバイト……。

 新聞を仕上げたら、求人サイトを見てみよう。

 そんなことを考えながら、またキーボードを叩いていく。


(暗号に気付く人はいるかな)


 暗号といっても、完全なオリジナルではない。

 父の持っていた本に載っていた物を、少しアレンジしただけのものだったが、私はそれを幼い頃から好んで使った。

 母にバレないように、兄にバレないように、父にだけこっそりとメッセージを送ったりして。


 中学時代にも、教室や廊下に貼り出される類の提出物にはこっそりとその暗号を使ってメッセージを書いた。

 けれど当然ながら、誰もそのメッセージに気付くことはなかったのだった。


 偏差値の高い人間がごろごろいる帝国学園なら、あるいはメッセージに気付いてくれる人がいるのではないか。

 むしろお姉様ならすぐに気付くのではないか。


(それならメッセージもお姉様への告白にすべき……いやでも最初は普通の質問を……)


 そんなことを思いながら、お姉様の紹介新聞はどんどんと完成していくのだった。

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