第2話 新入生代表

 僕は急いで体勢を立て直し、舞台上を見た。次は新入生代表の挨拶である。

 これ以上失態を犯すわけにはいかない。もう絶対に失敗しないぞという熱い気持ちで、新入生代表を待った。


 芽吹めぶき 小春こはると名前が呼ばれ、その可愛らしい名前の通り、小柄な女生徒が講演台のマイクの前へと歩いていく。

 彼女の動きに合わせるようにスポットを操作する僕の視線は、自然とスポットを当てるべき相手、芽吹女史へと向かった。


 緩めのパーマがかかっているのだろうか。ふわふわとしていて肩口の辺りで綺麗に切り揃えられた髪は少し茶色味がかっている。


 帝国学園には髪を染めてはならないという校則はない。基本的に生徒の自主性に任せているそうだが、大抵の生徒は黒髪だった。

 最近になって、茶色に染め始める者が出てきたくらいで、だから芽吹女史の髪の毛の色も、僕にとっては少し珍しかった。


 芽吹女史が歩く度にふわふわ揺れるその髪は、ややつり目の瞳から与える強い印象を和らげているように見える。

 きりっと正面を向いた彼女は、空園女史に負けずとも劣らぬ整った顔立ちをしていた。緊張しているのかその表情は強張っていて、視線は彼女を照らす僕に向いている。

 僕は正面から彼女を照らしているのだから、まっすぐ前を見るようにすれば視線の先が僕になるのは当たり前ではあるのだが、しかしどうも彼女からの視線に鋭さを感じるのだ。


 まるで僕を、睨んでいるような。


 もしや、またしても僕が何かしたことのある女性だったりするのだろうか。

 いや、僕があずかり知らぬ事件は空園女史の一件だけである。

 空園女史を救ったあの事件以降、あの刑事さんは事あるごとに僕を訪ねてくるようになった。

 河川敷を散歩しているところを捕捉されることもしばしばで、結局断りきれずに幾つかの事件を解決したことがあるが、芽吹女史の名に覚えはない。

 だからきっと、気のせいに違いない。


 僕はある意味では少しの現実逃避をした。


 もしかしたら眩しいだけかもしれない。

 そう思うことにする。スポットを正面から浴びる機会など、役者でなければそうそうない。うん、きっと眩しいんだ。

 しかし明かりを当てなくては他の生徒たちからその姿が見にくくなってしまうのだ、我慢してくれ。

 僕は芽吹女史に心の中で謝りながら、照明を当て続けた。


 芽吹女史の挨拶はそれは見事な物だった。

 春を寿ことほぐ言葉から始まり、帝国学園の伝統、学び舎としての素晴らしさ、それらを決して難しすぎない言葉で朗々と話している。


 新入生として頑張っていきたいとの言葉があり、僕は挨拶が終わったものと思って照明を操作しようと態勢を変えた。

 しかし、彼女は壇上から降りなかった。まだ言葉を続けたのである。


 それは、空園女史に対する賛美の言葉だった。


 どうやら芽吹女史は入学前から空園女史のことを知っていたらしい。

 だから空園女史が在校生の代表として壇上に立つことを知って挨拶にも空園女史のことを入れ込んだのか。僕はそう納得した。


 だが、それにしては内容が私的すぎやしないか?


 僕は並んで座る教師陣の中に驚愕の表情を浮かべて芽吹女史を見る現代文教師を発見して、あれが全てアドリブであると悟った。


 マジか。


 到底アドリブとは思えないレベルの個人情報を含んだ空園女史への熱い思い。

 聞いているこっちが恥ずかしくなってくるほどの羨望と憧憬を含んだその挨拶(もはやただの推しトークのようになっている)は、空園女史を盛大にドン引かせていた。


 いや、その顔は生徒会長就任の時に”何でも解決するマン”の話を熱く語る君に対して僕がした顔と同じだからな?

 僕も君の発言にドン引きしたんだからな?

 人の振り見て我が振り直せである。頼む。少しは僕の気持ちを察してくれ。


 そんなことを思っても、彼女が僕の名を出すのをやめないことは分かっている。別に期待はしていないが、可能性がゼロではないことを信じたかっただけである。



「空園美鶴先輩……いえ、お姉様に一番ふさわしいのは私です! “何でも解決するマン”をお姉様が頼るのなら、私が“何でも解決するマン”もとい“何でも解決するガール”になってみせます! ですからどうか小春をおそばに置いてください!」



 ちょっとちょっとあの子ホントに何言ってんの!?!?!?


 僕は思わず立ち上がり、彼女に当たっていたスポットライトがまたしても明後日の方を向く。

 ああもう!

 僕は慌てて照明を彼女に当て直すが、流石に進行していた先生が彼女の挨拶をぶった切り、芽吹女史は体育館の外へと引きずられていった。

 ざわつく体育館を先生たちが懸命に落ち着かせる。


 これは未成年が屋上で言いたいことを叫ぶようなテレビ番組の収録でも何でもない。入学式なのだ。

 勿論新入生たちの保護者も、後方に座って式を見守っている。

 その中に、芽吹女史のご両親もいるに違いない。

 自分たちの娘のあられもない発言の数々に、さぞ頭を抱えていることだろうと保護者席をちらと見る。


 僕の視界に、笑顔で拍手をする男女が入り込んできたが、見なかったことにする。


 子が子なら親も親なの?

 僕が頭を抱える羽目になった。

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