第1章 宣戦布告

第1話 入学式

 僕らは、高校二年生になった。


 当時の市長と協力して建てられたという帝国学園の校舎は、この街のランドマークとしても名高い。

 改札を出てから校門を越えて校舎の入り口までが見事に統一された桜並木になっているのも、その魅力の一つであった。


 西門から市庁舎へと続く大通りにはイチョウの木が植えられており、こちらは秋の風物詩となっている。


 駅から続く桜並木は、今日の入学式を待っていたかのように咲き乱れていた。

 高校の校門にしてはあまりにも立派な装飾の施された青銅の門。

 毎朝用務員さんが開くその門の両サイドには一際ひときわ立派なソメイヨシノが存在を主張しており、風が吹く度に花びらが舞った。


 桜並木の途中には、竜頭之池りゅうずのいけと呼ばれる少し変わった形をした池へと続く道もある。

 タツノオトシゴのようなその池はそれなりに大きく、手漕ぎボートの貸し出し小屋がある程である。

 竜頭之池の周囲には出店が立ち並び、一年を通して賑わいをみせている。


 花見の季節である今と、花火大会が行われる夏は特に盛況で、帝国学園から最も離れた池のほとりでは今日も朝から飲めや歌えの大騒ぎである。

 帝国学園の周囲には住宅街が多く、そしてそれだけご老人が多い。

 既に退職し、悠々自適に第二の人生を謳歌する男女が、酒を飲みながらわいわいやるのである。


 彼らの中には、臨時講師として帝国学園に招かれる人々もいる。

 一流大学の名誉教授であったり、元研究員であったり、出自は様々だ。

 花見の季節が終われば、彼らは大抵近くの公園でゲートボールに勤しんでおり、授業がない時でも会いに行けば喜んでその知識を分けてくれる。


 彼らとの交流も、帝国学園に入学した者の特権であると言えるだろう。


 そんな賑わいの声を遠くに聞きながら、僕は朝の少し冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


 入学式には基本的に一年生だけが参加する。

 何故僕が今日も校舎に向かっているのかといえば、それは勿論、”何でも解決するマン”だからである。

 体育館の壇上に上がる人々をピンスポットライトで照らす。それが今日の僕に依頼された仕事内容だった。


 生徒にパシ……依頼されることはなくなったものの、教師陣からはいいように使われているような気がしないでもない。

 だが、まあ、よしとしよう。


 何故なら僕が照らす対象の中には、空園女史もいるからである。


 生徒会長であり、成績でも学年首位をひた走る完璧超人空園女史は、当然の如く在校生代表として入学式で挨拶をすることになっている。

 僕が先生に照明の仕事を頼まれた時も空園女史は隣にいて、僕がいいですよという前に食い気味で了承の返事をした。

 僕への依頼だろうが!



「私に照明を当てるのはしんちゃん以外ありえません」



 そんなことを真顔で言うもんだから、すぐに許してしまったのだけど。


 僕は少し早めに登校すると、教室に荷物を置いて体育館へと向かった。

 体育館はバスケットコートが二面張れる程度の大きさで、更に奥行き六メートル程の舞台がある。

 舞台には真紅のオペラカーテンに似た緞帳どんちょうがあり、それはスイッチによって中央から両サイドに向かって一定速で開いていくようになっている。


 僕は体育館の後方にあるピンルームへと向かった。

 既に鍵は開いていて、僕はピンスポットを両手でぐるぐると動かしてみる。

 これに触るのは初めてではない。

 卒業式で空園女史に……いや、壇上に上がる人たちにスポットを当てたのは僕だからだ。


 その時は少し動かしただけで大きく動いてしまう明かりに少し戸惑い、大きな失敗はなかったものの、完璧な仕事とは言えない結果に終わってしまった。

 今回は完璧にこなしてみせる。


 僕は気合いを入れ、一度調光室ちょうこうしつへと向かった。

 調光室には照明のスポットを個々に操作するための機械がずらりと並んでいる。


 扉を開けると、担当の先生が機械の電源を入れているところだった。

 ピンスポットの練習をしたいからと言うと、先生は熱心だなと笑ってスポットのゲージを上げてくれる。

 あとは僕が手元で照明器具の先を直接遮光することで、調光室からわざわざ操作せずともオンオフができるという寸法だ。

 僕は先生に礼を言い、新入生が体育館へ入場してくる時間になるまで練習を繰り返した。


 新入生たちが胸に桜とリボンを付けて続々と体育館へ入ってくる。

 初々しい表情の彼らに、たった一年分しか変わらないというのにどうにも庇護欲という物が出てくるのだから不思議だ。

 

 長い校長先生の話が終わり、空園女史の番が来る。

 僕は完璧なタイミングと完璧な動きで空園女史を照らし出した。

 空園女史がいつもより真剣な眼差しで名を名乗ると、新入生たちの間にざわめきが漏れた。やはり有名なのだろう。


 書店に並ぶ雑誌類の中に空園女史の顔を見付けた時には、それは驚いたものだった。

 立ち読みするにもなんだか気恥ずかしく、そそくさと購入して家に帰り、自室でこっそりと読んだ。

 それは、既に空園財閥傘下の企業経営に携わっているという空園女史のインタビュー記事だった。

 巻頭には空園女史の一言が隅の方に書かれたカラー写真が数ページに渡って載っており、普段は見せないような余所行きの笑顔が、あまりにも美しかった。



『私を救ってくれた人に、今でも支えられています』



 そんな言葉が書かれたページを見てしまったら、これからもずっと支え続けようと思わずにいられないじゃないか。

 僕は雑誌をもう一冊購入し、そのページを切り取って手帳に挟んだ。


 そんなことを思い出していたら、間もなく空園女史の挨拶が終わりそうである。

 僕はスポットを消す準備を始めた。



「この学園での高校生活、思い悩むこともあるでしょう。ですが私が卒業するまでは絶対に安心です。何故なら私の学年には”何でも解決するマン”がいるのですから! 今私に照明を当ててくれている彼こそが、”何でも解決するマン”です! 何か困ったことがあれば、私に相談しにいらしてください。”何でも解決するマン”が、その名の通り、何でも解決してさしあげます!!」



 僕はあまりの衝撃にあらぬ方向へとスポットを向けてしまった。

 それ今ここで言う!?

 いや、ちょっと思ったけど、言うかもなって思ったけど!

 ずっと真面目に話してたから安心してたのに!!!



「しんちゃん!? どうしました、私から照明が外れていますよー! あ、しんちゃんのことをしんちゃんと呼んでいいのは私だけですので悪しからず! 皆様は“何でも解決するマン“先輩とお呼び下さいね」



 空園女史はそう言うと、満面の笑みで舞台上から降りていった。

 僕の完璧なるスポットさばきは、脆くも崩れ去ったのだった。

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