03. ダンゴムシを信じよ

 酒は赤ワインを用意して、再び彼女を誘う。

 返事は即答のイエス。

 飲みに付き合うというのだから、彼女にも十分にその気があるのかもしれないと、爽太郎の罪悪感は軽くなった。


 指示通りシンクで薬入りのワインを作り、テーブルへ運んで乾杯する。

 なかなかいい飲みっぷりを見て、彼女は酒が強いのかと考えた爽太郎だったが、実態はその逆だった。


 すぐに顔を真っ赤にして、暑いとシャツのボタンを一つ外す。

 トロンと妖しい目つきに、彼の方がどぎまぎした。

 眠くなってきちゃった、とつぶやいた彼女は、床に寝転んだ途端、無防備にも本当に目を閉じる。

 その寝顔を堪能する爽太郎を、いつの間にか整列していたダンゴムシたちが呼んだ。


「準備完了ですうー」

「いつでもどうぞー」


 隊長役は、いつもの一匹。

 さあ、彼女もダンゴムシにしよう! と宣言すると、皆から歓声が上がった。


「どういうこと? 何をするの?」

「みんなの力で、彼女にも仲間になってもらうんだよ」

「具体的には?」

「彼女の中へ入らせて。口からが簡単かな」


 集まったダンゴムシを一匹ずつつかみ、彼女の口へ入れろと言う。

 じっとダンゴムシを見つめた爽太郎は、たっぷり時間をかけた沈黙のあと、「うん」と大きく首を縦に振った。


 右手でダンゴムシをつまみ、左手は彼女の頬を支える。

 まず一匹、薄いリップの塗られた唇へ小さな虫を乗せた。

 ピンクの上に、愛らしい灰色が映える。


 モゾモゾと唇を掻き分けた一匹目は、無事に口腔内へと消えた。

 二匹目、三匹目と作業は続く。


 ゆっくり、丁寧に。

 決して焦らず、全員が確実に中へ進めるように注意する。

 彼女の口が閉じないように、時には顎を押さえ、舌に抵抗された際は指でダンゴムシを捩込んだ。


 三十三回の挑戦、三十三回の恍惚。

 ああ、素晴らしい――ダンゴムシが取り込まれていくほどに、彼は喜びに震える。


「俺だってやれる」


 ダンゴムシは、彼が無能ではないと証明してくれた。

 三十四匹目、最後の挿入を以って、彼の在り様は肯定される。


「よく頑張ったね。ありがと」

「こちらこそ」


 爽太郎を救ってくれた恩人を、彼は自らの唇で優しく挟む。

 その口を彼女の口に合わせ、ダンゴムシが移っていく感触を味わった。


「ありがとう」


 横たわる彼女の傍らで、爽太郎は待つ。

 一時間でも二時間でも、身じろぎせずにひたすら待った。


 変化を見逃さないように、瞬きすら嫌がる三時間が経過した頃だった。


「ははっ……」


 彼女が足を持ち上げ、静かに胸へと膝を引き付ける。

 頭も起こし、両腕は脇へ。

 仰向けのダンゴムシポーズに、爽太郎は破顔した。


「おかえり」


 彼もまた、彼女に並んで身を丸める。

 二つの大きなダンゴムシは、いつまでも解かれることない不可侵の球だった。



 ◇



 人知れず干からびた爽太郎も、いずれ発見されるだろう。

 七夕からずっと放置されたのだから、一ヶ月も経てば異臭で隣人が気づくはず。


 黒々とした爽太郎は、おぞましくも美しい。

 彼にたかる者たちによって、爽太郎は綺麗な球を保っていることであろう。





 了

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