02. ダンゴムシを知れ

 丸い防御態勢は、爽太郎のすさんだ気持ちを癒す。究極のリラックスポーズと言ってよい。

 不安が胸をぎる度に丸まって、心がぐまで気の済むだけ続けた。

 でもね、とダンゴムシはアドバイスする。


「やっぱりキミは人間だから、相手を見つけないと」

「そんなこと言ったって、探すのも億劫だよ」

「隣の女の子じゃダメなの?」

「えっ? 誰のこと?」

「挨拶しに来たでしょ」

「あー、隣の、ね。よく知ってるね」

「ずっと見てたもん」


 五月の中頃、隣の部屋に大学生の女の子が越してきた。

 引っ越しの挨拶を皮切りに、醤油を貸してくれとか、実家から送ってきた野菜が余ったとかで爽太郎の部屋を訪れている。


「愛想のいい人だけど、俺から声をかけるのは……」

「何言ってるの。向こうはキミに興味津々だよ」

「そうなの?」

「そうじゃなきゃ、今時おすそ分けなんてしないって」

「そ、そうなんだ」


 宥めすかされてその気になった爽太郎だったが、実際に隣室の呼び鈴を鳴らそうとすると、心臓が高鳴って二の足を踏む。

 それでも最終的に呼び出せたのは、寸前までダンゴムシポーズで精神を安定させたおかげだろう。


「すみません、吹崎です」

『あっ! ちょっと待って』


 ガチャリと扉が開き、ほんのり赤らんだ顔が現れた。

 用件も言ってないうちから嬉しそうに微笑む彼女は、やはり可愛いと見惚れてしまう。


「ピザがね、ピザを注文したんだ。だけどサイズを間違えてしまって」


 よかったら一緒に・・・食べませんか――こんな誘い、普通なら警戒されて当たり前。

 しかし彼女はさして躊躇ためらわず、「はいっ」と元気に返答した。


 自室に人を招くのはもちろん、女性と二人で食事するのが初めての経験である。

 何を喋ったのか記憶が怪しいが、楽しかったのは間違いない。

 彼女が帰ったあと、大成功だと礼を述べる爽太郎へダンゴムシは苦言を呈した。


「じれったいなあ。一気にいっちゃいなよ」

「なっ! こ、こういうのは自然に親しくなるのを待ってさ。ちょっとずつさ」

「しょうがない。よし、ボクが協力してあげる


 次は酒を用意しろと、ダンゴムシは指示する。

 少々急ぎ足な気はするものの、それ事態は爽太郎も納得できた。

 だが、続くアドバイスに困惑する。


「風邪薬か目薬あるかな」

「目薬なら、充血用のがあるけど」

「クロルフェニラミン、入ってるやつ? 成分見てみて」


 洗面所から目薬を持ってきて、箱に書いた成分表を確かめる。

 ダンゴムシの言うクロルなんちゃらは記載にあった。


「それをドバっと酒に混ぜたら、酔いがきつくなるんだよ」

「ホントに……よく知ってるね、そんなこと」


 ダンゴムシの知識量に感心はしても、酔わせて襲うという作戦は賛同しづらい。

 しばし逡巡したのち、爽太郎はこの案を却下した。


「無理やりはよくない。別に時間がかかっても構わないんだから」

「いや、襲えってことじゃないんだ。キミの相手はやっぱり人間がいいからさ。ボクの代わりをしてもらおうかと」

「よく分かんないよ。何をするつもりなの?」


 質問には答えずに、ダンゴムシは触角を忙しなく回して黙考する。

 しばらく待っていると、ダンゴムシは壁へ振り向き、「おーい」と叫んだ。

 呼びかけに応じて、壁の付け根からぞろぞろとダンゴムシが這い出てくる。

 二十匹はいるだろう。彼らは横一列に並び、点呼を開始した。


「番号!」


 イチッ、ニッ、サンッ――。

 最初に出会ったダンゴムシと合わせて、全部で三十四匹だった。

 よろしくですーと、皆は声を合わせて爽太郎へ挨拶する。


「仲間に協力してもらうことにする。人間って大きいからねえ」

「うん……」


 ダンゴムシが何をしようと画策しているのか、この時点でも爽太郎にはさっぱり分からない。

 自分のために考えてくれている、それは信じているので、問い質すことは止めた。

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