02.

 何秒経ったのかも分からない暗い浮遊感を味わったあと、庸介は思い切りむせ返り、ピンク色の液体を吐き出す。

 口に繋がったチューブが吐いた液を吸い込み、同量の気体が鼻から注入してきた。

 何度体験しても、気持ちの悪い感触に身をよじってしまう。 


 教室は消え、替わって低く白い天井が眼前に現れた。

 上体を起こそうと頭を持ち上げた途端、脇から「動かないで」と制止される。


「チェックが終わるまで、休んでいてください。急に動くと怪我しますよ」


 庸介はカプセルの中、裸で横たわっていた。

 口と鼻には酸素マスクを思わせる維持液供給器マスクピースを嵌められており、これを外してもらわないと喋るのもままならない。


 自らの境遇を思い返しつつ、彼は眼球だけ動かして、計器を調べる青年を見守る。

 白衣を着た研究員は、赤嶺あかみねと名乗った。

 小さな研究室には、この赤嶺と庸介の二人しかいない。


 痩せぎすで黒縁眼鏡の赤嶺は、いかにも外出嫌いの学究者といった風貌だ。

 色は白く、髪の手入れはなおざりで不潔に見えない一歩手前といったところ。

 そう言う庸介も肉付きが悪く、胸にはくっきりと肋骨が浮かぶ。


 半覚醒生体維持実験――略称はサルメSALME――の被験者は全部で二十名おり、それぞれ個室を与えられて専属の研究員が付く。

 実験の開始時には五人の白衣がいたはずだが、現在は赤嶺のみが忙しそうに働いていた。

 計器を読み取り終えた赤嶺が、庸介の呼吸器をアンロックしてから機嫌を伺う。


「お帰りなさい。不都合がありましたか?」

「……大有りだ」 


 乳白色のカプセルの中、庸介は直前の経験を思い出そうと記憶を掻き集めた。

 大人一人を収容するカプセルは、被験者を収容する際にキャノピーが閉められ、内部を粘度の高い液体で満たされる。

 現在はそれも排出されて、腹や腕の上にベタリと半透明のピンクジェルがへばりついていた。


 呼吸器からは酸素はもちろん、栄養や低活性維持のための各種溶剤が液体によって供給される。

 機器を口から外しても低活性の影響はしばらく続くため、思考をまとめるのが難しい。

 詳しく窮状を訴えられる程に彼の意識が定まるには、その後十五分を要した。

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