02. 掃除をしよう

 後先考えず、即座に動くのは愚者の振る舞い。

 天才は手足を動かす前に、脳髄にたっぷりと血流を巡らせる。

 半日熟考し、疲れた頭を適度な睡眠で回復させた翌朝、私は魔道具を携えて玄関ホールに立った。


 廃材を整理するにしても、先に安全の確保が必要だろう。

 何せ一階に放置された物は、高濃度、高活性の魔力素材ばかりだ。

 下手に動かすと、素材同士が反応し合ってどんな結果を招くか分からない。

 私は平気でも、屋敷が崩れるのは頂けないからな。


 玄関扉を開けた先、ちょうど昨日、テスラが立っていた場所へ赴き、魔筆を片手に膝を突いた。

 まずは、これで陣を刻む。


 アダマンタイト製の筆芯は、石の表面を容易たやすく削る。

 外円を描き、中に三十の同心円を、さらに細かな紋様を円に沿って書いていった。

 自らの魔力を筆先に流し込むと、魔法陣の紋様が導魔性の高い層でコーティングされる。

 神経を使う精密な作業だが、熟達した私にかかれば茶を飲むより早く終わった。


 玄関の魔法陣がゴール・・・だ。

 ここに不要な魔力、つまりは瘴気を導いて大気へ放出しようと思う。

 自然の浄化作用で処理出来るように、放出量は魔法陣が制御する仕組みである。

 周囲の大気に余裕が生まれれば放出を増やし、瘴気が滞るなら放出は止める。


「才能は掃除でも発揮されてしまう、か……」


 多層可変式瘴気処理陣。

 地味ながら凡人には複写も困難な出来映えに、自分の天才ぶりを再確認した。

 だがこのシステム、玄関の魔法陣のみでは機能しない。

 瘴気を分別して魔法陣へ送る収集機構が必要で、これら二つを合わせて完成と言える。


 魔法には無知なテスラが、収集方法を思いつくのに役立ったのは皮肉であろう。

 あの脳筋男が持ち込んだガーゴイルの核を、何気なく掌の上で転がしていた時だ。こいつは実に掃除向きだと気づいた。


 人を雇わなくても、下僕は魔法で作ればいい。

 自立した魔造機械の代表はゴーレムだが、人の心に当たる魔核は調整に手間が掛かる。

 ガーゴイルは言わばゴーレムの小型版で、既存の石像を流体化し、術者が設定した行動を取るように設定したものである。

 ゴーレムより自律性能は低くても、単純作業には適していよう。


 既存の核を流用すれば、調整の時間は大幅に短縮し得る。ゴーレムの核は貴重品だが、ガーゴイルなら当てがあった。

 何も一から作らなくてもいいわけで、実に楽だ。


 ガーゴイル本体に使う素材も 屋敷には相応しい素材が在る。

 魔力をこれでもかと含んだ聖剣――の、未分化形態物質スライム

 ぷるると動く様は魔物として出会うスライムそっくり、どころか、あれはまあ、スライムだが。


 下僕は多い方が捗るだろうと、聖剣スライムを賽の目に切り分ける。

 なあに、流体オリハルコンだろうが、斬撃魔法を高速連唱すれば呆気なく微塵になった。


 指先くらいのスライムに、それぞれ吸魔と送魔の術式を組み入れた核を移植する。

 極小の核に針先で陣を刻む、これも私なら苦もなく遂行出来た。


 厄介だったのは、聖剣が受け入れる核を三十二も用意すること。

 テスラからは一つしか貰っていないので、二階を引っ掻き回すハメになる。

 ガーゴイル核は揃っても、一階が可愛く思える酷い有り様には溜め息が出た。


 今回の目的は一階の掃除、二階は犠牲になったのだ……。

 ともあれ。


「行け、聖なる子たちよ」


 聖剣の分体だから光属性には違いなく、聖なるスライムで正しい。

 拳より小さな聖スライムが、四方に散って獲物を探す。


「うむ……的確に瘴気を吸っているようだ」


 天井にすら張り付けるスライムなので、漏らさず一階を浄化してくれるはず。

 甲斐甲斐しい下僕の働きを廊下で眺めていると、スライムの身体から瘴気が漂い始めた。

 噴いた瘴気は一定の指向を備えており、玄関へと流れ行く。


「きぃああぁぁっ!!」


 裂帛れっぱくの気勢が轟いた。

 喋り方も筋肉も男そのものなテスラだが、剣を振るう時の叫びは少女っぽい。

 魔物っぽくもある。

 性別を尋ねたことは無かったな。

 私が正面玄関に近づくと、は剣を振り回しながら叫ぶ。


「無事か!? 魔物の気配だ、備えろ!」 


 テスラが宙を斬る度に、斬撃で瘴気は霧散する。

 その技術に、ここは感心すべきなのだろうが。


「斬っても際限無いぞ。屋敷の瘴気を集め終わるまで続く」

「……ん? 敵襲ではない?」

「ああっ! 魔法陣に傷を付けたな、馬鹿者が」


 叱られたテスラは、剣を鞘へ戻して数歩後退する。

 魔筆で破損箇所を直し終わるまで待って、彼は言い訳を口にした。


「あまりに濃厚な瘴気だったので、敵の攻撃かと……」

「しばらく玄関は危ない。注意してくれ」

つたが襲ってきたから切り払った。これもメルが?」

「それは意図通りだ」

「殺す気か!」

「そのつもりなんだがなあ」


 テスラは掃除の進捗を見に来たらしく、聖弓復元にはまだ遠いと知り、肩を落として去っていった。

 弓を手に入れるまで帝都で書類仕事をさせられるそうで、現場に早く帰りたいとこぼす。


 事務が嫌いなのは私も同じ、善処してやろうとは思うものの、拙速はよろしくない。

 失敗の心配など無くとも、プライドが許さん。


 テスラには食糧の手配を頼んでおいた。

 スライムが魔力を食いまくっているので、家の魔道具は全て停止している。

 状態維持の魔法が掛かった食糧保管箱も、今は単なる木箱に堕した。そのうち果物もパンも腐ってしまう。

 彼も日参するなら、仕事を与えてやるのがよい。


 日が暮れる頃には、いくつかの部屋の瘴気も晴れ、掃除を次の段階へ進める頃合いになった。

 リンゴを齧りながら、スライム状の聖弓を切り分ける。


 聖弓を直すのに、弓をバラバラにしては本末転倒だと?

 そんな懸念は、凡人が抱く愚問というもの。

 後でくっつければ済む話だし、掃除を急ぐべきだ。


 聖弓スライムは部屋に詰まった素材を振り分け、不必要なものを消すのに使う。

 廊下にはみ出すくらい物があるから、こんな惨事になったわけで、減らさないことには話が始まらない。

 少々もったいないとは言え、さほど貴重でないあれこれは思い切って捨てることにした。


 消去方法をしばし検討する。

 木材や紙だけなら焼却もアリだが、金属が多い。

 異空間に収納するのは、ゴミの整理を先送りしているだけで、維持にも結構な魔力を要する。

 元素分解、これがやはり妥当な案か。


 分解して生じた微粒子は、聖剣スライムが吸うように追加修正しておこう。

 問題は、分解魔法をどうやって搭載するかだな。


 魔法陣で発動するには、刻む術言が多過ぎて玄関ホールほどの広さが必要になる。

 とても小型スライムの核に書ける紋様ではない。


 こういう時は、既に分解魔法を含んだ魔核を利用してやればよかろう。

 おあつらえ向きに、分解ブレスを吐く魔物が存在する。

 黒竜である。


 また二階へ赴き、大格闘の末、十の魔石を得た。

 もうしっちゃかめっちゃかな光景を、記憶の底に押し込めて封印する。考えたら負けだ。

 二階もいつかは掃除すると思えば、自らハードルを上げている気もするけれど。


 竜の喉元に在るブレス用の副核は、心臓部の真核よりずっと小さい。

 それでもガーゴイルの三倍ほどの直径があり、聖弓スライム自体も聖剣産より立派なサイズになった。

 核の影響か闇属性が強く出て、体色は黒く濁る。


「よし、行け。レア素材以外は消してしまえ」


 ブルブル微震動したのは「了解」の意か、命を受けたスライムたちが散開した。


 第八物置――本来なら応接室――に潜り込んだスライムを追いかけて、その仕事ぶりを観察する。

 要不要の識別に時間が掛かりはしたが、鉄塊を目標に据えたようだ。

 筒状の砲台型へ変形したスライムは、漆黒の波動を赤い稲妻と共に発射した。


 ドラゴンブレスの如き攻撃を受けて、鉄は元素レベルまで一息に分解される。

 その後も魔物の骨やガラス瓶を消しつつ、世界樹の一枚板は避けたのを見て満足する。

 下僕の邪魔はするまいと書斎へ移った私は、椅子に腰掛けて静かに目を閉じた。

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