03. これもまた良し

 翌日、正午前に訪れたテスラは、ドラゴンブレスが飛び交う廊下を見て絶句する。

 せっかく持って来たリンゴ箱を床に落としてしまい、ごろごろ果実が散らばった。


「気をつけろ。リンゴが傷むじゃないか」

「あれ……あの黒いのは……?」


 廊下を整理中の聖弓スライムが、テスラには物珍しいみたいだ。

 凡才にも分かるように説明しても、彼の口はだらしなく開いたままだった。


「どうだ、見違えるようだろう。これもまた良し」

「……ああ、うん。あの黒いの、貸してもらえないかな?」

「聖きゅ……分解スライムをか?」


 彼にも掃除したい場所があると思われ、一匹、一日だけの約束で貸与する。

 スライムを手動制御――消去先を音声指定で行うよう変更するのが、七面倒くさかった。


 扱う上での注意点をこってり説き、復唱させてから帰らせる。

 無事に返してもらわないと、弓が再生出来ないからな。


 ようやっと廊下のガタクタが消え、スライムたちに停止を命じた次の日の夕方、青い顔のテスラが現れた。

 貸した分解スライムを失ったと言う。


「あれほど注意したのに!」

「申し訳ない。先に進めて、気が緩んだんだ……」


 地下迷宮にスライムを持ち込んだと、テスラは告白する。

 まあ、迷宮も汚いからなあ。

 ガーゴイルもゴミとして分解したらしく、掃除力が活躍したのは喜ばしい。

 だが、ガーゴイルの群れを討ち果たした直後、真の守護者が迷宮の奥より登場した。


「黒竜がいやがったんだ。メルの虎の子でも撃ち負けた」

「ふむ。単純に威力が足りんだろう」


 聖弓スライムは所詮、竜の紛い物。勝てる道理は無かろう。

 返却する聖弓が一割小さくなるのは、テスラに責任を負わせるべし。


「そんでさ。弓はいいから、聖具はもう一つあるだろ?」

「聖鏡だな」

「ぷるぷるしてねえよな?」

「昨日使ったばかりだ、取ってこよう」


 二階から鏡を持ち帰ってくると、心底ほっとした面持ちでテスラが受け取った。

 魔力全反射の聖鏡は、竜対策にうってつけだ。


「今度こそ、五階を制覇してやる。ところでさ……」

「何だ?」

「メルはほとんど屋敷から出てないよな」

「必要を感じないからな」

「だったら、昨日までのゴミは何処から持ってきたんだ?」

「ああ、そのことか」


 屋敷を賜る以前は、私も各地を旅して見聞を広めたものだ。

 その際に、主要な場所にはマーキングを施した。

 天才だから使える神域魔法、転移。その目的地を定めるために、百を超えるしるしを設定した。


 屋敷の二階は転移専用に改装し、ここから素材を求めて大森林へ、あるいは霊山のいただきへと跳ぶ。

 屋敷へ帰還する時、どうしてもマグマや吹雪など跳躍先の環境を巻き込むせいで、壁も床もボロボロになってしまった。

 まだまだ改善点は多い。


「なんという……転移まで使えるの? ええっ!?」

「研究が進んだら、帝国にも報告する。まだ不安定でなあ」

「いやあの、研究もいいけどさ」


 そんな才能を研究だけに費やすのは惜しい、迷宮攻略にもぜひ助力してくれとテスラは乞うた。

 見解の相違というやつだ。

 攻略は騎士や冒険者の仕事であり、魔導士の本分は研究だろう。


「それに、少し楽しくなってきたからな」

「楽しい? 研究がか?」

「違う。今は――」


 私の答えを聞いたテスラが、天井を仰ぐ。

 すまないな、騎士殿。

 天才魔導士メルルサーニ・デル・フォッセムバウスは今、猛烈に掃除を完遂したい気分だった。





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