02. 違和感
仲崎が次の依頼を受けるまで、関係者から話を聞いて回った。
各病院の医師に会い、司法書士時代の事務所も取材する。
聞き取りの結果、人物評に変わりはないものの、新たに分かった事実がある。
仲崎には既婚歴があり、妻は五年前に亡くなったらしい。
その二年後に司法事務所を辞めたわけで、妻の死が無関係とは思えなかった。
死因は多発性骨髄腫で、診断結果が出た直後に帰らぬ人となったらしい。
相当、無理をしていたのか、発覚した時には手遅れだったわけだ。
妻に先立たれた仲崎は同僚らとの交流を絶ち、辞めて余命通告業を始めたことも伝えておらず、皆一様に驚いていた。
愛する人を突然失ったから、せめて他の人には別れを告げる時間を与えたい――そんな理由も想像した。
だが余命通告業に到る原因として、しっくりこない。彼が隠すのは、妻の死に触れたくないからだろうか。
仲崎は郊外に小さな一軒家を構えていて、生活資金には不自由していないようだ。
親が資産家だと聞いたが、同居はせずに一人で住んでいる。
インタビューから四日後。
自宅周辺の聞き込みもしよう、そう決めた日の昼だった。
仲崎から電話があり、次の通告が翌々日に決まったと教えられる。
『前回と同じ喫茶店で打ち合わせしましょう。通告は夜七時に行います』
「仲崎さんの車で行くなら、私は電車を使います」
『そうしてください。ネクタイはしてくださいね』
二日後、グレーのスーツに身を包んで打ち合わせに臨んだ。
依頼者は末期癌の
四年も前から妻と別居しており、既に結婚した娘が一人。
余命三ヶ月と診断され、その妻への通告を頼まれた。
訪問は既に連絡済みで、同県在住だから一時間と掛からず会える。
出向くに当たって、仲崎から小型のビデオカメラを渡された。
相手の了承を得たら、通告の様子を撮影してほしいと言われる。
「普段は私一人で撮影しているんですがね。念のため、二台で撮りましょう」
「嫌がる人もおられるのでは?」
「その場合は、音声だけ録音します」
喋るのは仲崎のみ、今日は通告してサインを貰えば帰る予定なので、そこまで時間は取られないだろう。
仲崎の車に同乗して、御崎の妻が住む街へ向かった。
夕の通勤ラッシュにうんざりしつつ、目的地まで仲崎と話す。
道中、ストレートに亡くなった彼の妻について質問したが、反応は芳しくない。
自分を見つめ直す機会になったと語りはしても、今の仕事とは無関係だと言い切られた。
古臭いアパートの前で車は停まる。
依頼者の妻、御崎
仲崎がチャイムを鳴らすと、不審な顔でチェーンの掛かったドアの隙間から顔を覗かせる。
「昨日お電話した仲崎です。こちらを」
名刺を受け取った祥子は、眉根を寄せつつもチェーンを外した。
仲崎の肩書は、病院から委託された事務員となっている。
通告を行うのは、もっぱら玄関が多い。
初対面で部屋まで通すのは抵抗があるだろうし、かと言って外で話す事柄でもない。
この時も上がり口で対面し、立ったまま話が進んだ。
「御崎太一さんの病状を説明しに伺いました。他言しない旨の誓約書へ、署名していただけますか?」
「主人は……入院しているんですか?」
「それも含めてお話しします。あと、ビデオ撮影を許可してほしいのですが」
なぜ? と問い質されはしたが、太一からの要望だと聞いて彼女も承知する。
誓約書を持って一度奥に引っ込んだ祥子は、署名と捺印を済ませ戻ってきた。
玄関ドアに背を張り付けて立っていた俺へ、仲崎が目配せする。
彼も自らスマホを使い、祥子を撮影し始めた。目は彼女の顔を見据え、手元でさりげなくカメラを向ける。
器用な真似をすると感心したが、毎度のことで慣れているのだろう。
俺が担当する撮影は、出来るだけ斜めから行えと指示されていた。
狭い玄関の中、精々、横にズレて祥子の顔をビデオカメラで捉える。
「結論から申し上げます。御崎太一さんは癌の転移が進行し、余命三ヶ月と診断されました」
目を見開いた彼女は無言で口を横に結び、しばらく仲崎を睨んだ。
憤っている、が正しいのか。祥子の表情は、怒りを堪えているように見える。
「いつから入院していたの?」
「半年前から入退院を繰り返しています。もし面会を望まれるなら――」
「会いません。許すつもりもありません」
決然と言い放つ様を見て、俺の見立ては合っていたと考える。
詳しい事情は教えてもらえなかったが、太一に落ち度があっての別居と推測された。
太一からは謝罪のメッセージを預かっていたものの、それも祥子は拒絶する。
ただ、彼の財産は全て娘へ渡してほしいという希望には、祥子も即答しなかった。
「少し考えさせて」
「構いません。法的には、あなたと娘さんに相続の権利があります。放棄された場合は、病院へ寄附する予定です」
「いつまでに返事をすれば?」
「明後日の夜、またお伺いしますからその時に。急かして申し訳ありません」
「いえ。娘とも話したいので」
彼女から太一への伝言は無く、二、三質問をすると通告業務は終了した。
案外に淡々としたものだ、が俺の抱いた感想だ。
死期が目前に迫るまで、激しい反応は少ないらしい。泣き崩れるとしても、依頼者の逝去後が常だと聞く。
車に戻った俺から、仲崎はビデオカメラを取り上げた。
斜めからの撮影が撮れているかチェックするのだと、先の映像を再生して見始める。
食い入るようにモニタを見つめる仲崎の姿を、訝しく思う。
そんな作業は帰宅後にやればいいだろうに。万一、撮影に失敗していても、やり直せるものではなかろう。
行動も仲崎らしくないし、何より眼差しに異様な凄みがある。
口を挟むのも憚られて、ただ再生が終わるのを待った。
その後、駅まで送ってもらい、夜の電車の中で一連の出来事を振り返る。
御崎夫婦の事情、通告時の様子など、記事になりそうな収穫は多々あったが、何より気になったのは、最後に見せた仲崎の横顔だった。
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