03. 答えを知りたい
次の日、仲崎の家の近くへ赴いて彼の評判を聞く。
近所付き合いの悪い仲崎は、あまり好意的に思われていないようだ。
休日も家に引きこもり、一切外出していないとか。
オーバーな噂だろうと話半分に聞いていたが、複数の証言を得て本当のことだと知る。
宅配は受け取っても、散歩はせず、掃き掃除もしない。
日曜も祝日も、仲崎を外で見た者は一人もいないらしい。
何かある、と勘が告げる。
日を改めて訪れた日曜日の昼前、仲崎邸の玄関を前に行動を迷った。
突然の訪問は、相手の動揺を誘う常套手段である。まして休日なら効果は高いが、まず間違いなく不愉快にさせるだろう。
呼び鈴から指を引っ込め、家の横手にある路地へ回る。
低いブロック塀越しに、大きな網戸が窺えた。窓は左右に開かれ、網戸の先は雑に閉じたカーテンのみ。
ダイニング、またはリビングか。
隙間から影がちらつくので、そこに仲崎がいると思われた。
辺りを見回し、怖ず怖ずと覗きに挑戦する。
多少の問題行動も記者には必須。さすがに不法侵入は避けたいので、どうにか塀の外から中を観察しようと、カーテンの隙間へ目を凝らした。
網戸が閉まっていては、無駄な努力だったと認めざるを得ない。
諦めて家の正面へ戻ろうとした瞬間、覚えのある声が耳に届いた。
微かな音量だが、聞き間違えではない。
『――許すつもりもありません』
何分くらい、その場に留まっていただろうか。
下手をしたら一時間近く、近隣住民の目を気にしながら耳を澄ませた。
再び玄関へ戻った俺はボイスレコーダーを起動させ、今度は躊躇わずにチャイムを鳴らす。
現れた仲崎は、不快な感情を顕わにして用件を問うた。
「こんなところまで来るなんて、非常識じゃないのか」
「謝罪ならいくらでもします。どうしても聞きたいことがあるんです」
「にしてもだ」
「余命を通告した時の映像を見ていましたね? 何度も、繰り返し」
仲崎が息を呑む。
中途半端に口を開き、しばらく唇を震わせたあと、覗いたのかと大声で
悪びれもせず肯定する俺に、また彼の言葉が途切れる。
「撮影データは、依頼人に見せたあと消去する決まりでしたよね。個人情報保護違反でしたか。肖像権の侵害かも」
「脅す気か?」
「とんでもない。私も聞き耳を立てましたから、おあいこってことにしましょう」
「気になるところを見直していただけだ」
「休みの日はずっと見続けている、と。これまでのデータも保存してるんでしょ?」
証拠も無くカマをかけたわけだが、推察は正解だったらしい。
誰にも言わないでくれと、仲崎は頭を下げて懇願する。
他人にバラすつもりはないので、そんなことをした理由を尋ねた。それさえ教えてくれれば、秘密は守ると約束する。
「五年前、妻が死んだ」
「骨髄腫でしたか」
「違う、自殺だ」
仲崎の妻の症状は、すぐに入院するほどの重さではなかった。一旦、自宅へ帰り、経過を見て入院措置に移行する予定だったそうだ。
だからと言って完治する可能性は低く、早ければ一年ほどで亡くなることも覚悟するように医師からは宣告される。
病院から帰った妻はそれを仲崎に告げ、翌日、首を括って死んだ。
「……何が原因ですか?」
「私が聞きたい。なぜ妻は自ら命を絶ったんだ。それがどうしても分からない」
「書き置きは?」
「何も遺していなかった。一緒に頑張ろうと話し合ったのに、いきなりだ。おかしいだろ」
当然、病気を苦にしての自殺だと警察は判断し、仲崎は病死として皆に報告した。
余命を宣告されれば死にたくもなる、そう俺も考えたが、仲崎は納得していない。
彼には一つだけ、未だ心に刺さる棘があった。
「がっかりした、と」
「何にです?」
「妻は『がっかりした』とつぶやいたんだ。アイツから診断結果を聞かされたあとだった。俺を見て、確かにそう言った」
彼の妻が何を感じ、どんな思いで「がっかりした」のかはもう分からない。
少なくとも、そう言わせた理由は自分にあると仲崎は考えている。余命を聞かされた自分の態度が、彼女の自殺を引き起こしたのだと。
そんな馬鹿なと否定しても、仲崎は無言で首を横に振る。全ては失われ、残ったのは妻が死んだという事実のみ。
「真摯に向き合ったつもりだった。でも、おそらく私の態度は不正解だった」
「余命を聞いたときのですか? それくらいで自殺するとは――」
「間違っていたから彼女を深く傷つけた。だから私は、どうしても正解が知りたい」
余命通告業を始めたのは、その“正解”を見つけるためだと言う。
あまりにも無益だ、と言いそうになった。自分を責め過ぎだろうと。
だが何も言い返せないまま、励ます言葉も思いつかず、仲崎邸を後にする。
ちょっとしたボタンの掛け違いじゃなかろうか。仲崎の聞き間違いという可能性だって十分にある。
彼の妻への愛情は本物だ。そうでなければ、今も尚、こんなに囚われたりしない。
なのになぜ。
「これじゃ彼が救われないだろ……」
今後もずっと、仲崎は余命通告の動画を見て生きるのか。答えなどありはしないのに。
自分の車に身体を滑り込ませ、運転席で深く息を吐く。
余命通告人は、立派な男が務める誇り高い仕事だ。
しかし、記事にはしないだろうと、レコーダーのデータを消去した。
了
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