余命通告人
01. 余命通告業
「
残暑が厳しい正午前のオフィス。
編集長に呼ばれた俺は、A4用紙に印字された資料を手渡される。
雑誌記者として七年目、俺は連載記事を一本任されていた。目新しく、特殊な職に就く人々を紹介するシリーズは、そこそこの人気を得たようだ。
いずれ単行本にまとめようかとも褒美をぶら下げられたので、気合いも入ろうというもの。
資料はもちろん、そんな記事に使えそうな職が記されていた。
「余命通告業、ですか。初めて聞きました」
「まだ活動圏は三県、やってるのも一人だけだ」
「始めて二年も経ってませんね。将来性は不明だけど、記事になりそうな気はします」
「一週間もあれば判断出来るだろう。しっかり取材してこい」
シリーズの成否は、やはり新職業の面白さに
読者の興味をそそるネタを探してくるのが肝心なのだが、そこが何より難しい。
連載が五回を超えた頃から、しばしば編集長がネタを提供してくれた。
助けは不要などと意地は張らない。支援には素直に感謝して、少しでもいい記事を仕上げればいい。
余命通告業を営むのは、
自分の十以上も年上になるが、意外に若いとも思う。経験を積んだ人間でないと、務まらない仕事だろうからだ。
仲崎の元職は司法書士で、三年前に辞めて各地の病院を回った。
余命通告を請け負いたいと申し出た彼を、当初はどこも門前払いしている。
一年間、営業に励んだ結果、やっと
そこの心臓外科医が編集長と知り合いで、仲崎を病院長に推したのも同じ人物らしい。
資料はその医師からの聞き取りが、大半を占めていた。
直接、仲崎へ連絡を取る前に、まずは病院に電話をする。
ちょうど該当の医師が手すきのタイミングだったため、橋川はすぐに話を聞けた。
編集長の名前を出すと、向こうの態度も親しげなものに変わる。
「実は、仲崎さんのことで質問が」
『君が担当になったんだ。面白いネタが無いかって言われてさ』
「資料は読ませていただきました」
末期癌患者など死期が近いと診断された患者には、担当医師から余命が宣告される。
楽しい仕事ではなくとも、これを誰かに代行してもらうのは許されない。
仲崎が通告するのは、その患者が指定した相手に対してだ。
家族や親戚、会社や取り引き先などへ本人の病状を伝え、さらには遺産相続等のアドバイスも行う。
医師は仲崎を優秀な通告人だと評した。
法務処理に明るく、医者が立ち入れない部分を助けるため、患者からも感謝されているそうだ。現在までトラブルも皆無だとか。
『真面目な人物で、少し堅過ぎるくらいだよ。でも、この仕事にはその方が向いてる』
「なるほど」
仕事ぶりが好評な仲崎は、医者間で噂が広まり、徐々に契約する病院を増やしているところだ。
人となりは把握したので、次に仲崎の携帯番号をコールする。
『はい、仲崎です』
これまた簡単につかまえられて運がいい。
既に医者から取材の可能性は聞かされていたようで、
まだまだ契約先を増やしたいらしく、宣伝になるのならとはっきり希望を口にされる。
俺としても告発記事を書きたいわけではないので、好意的な内容になるだろうと答えた。
待ち合わせは西凰病院近くの喫茶店、時刻は午後二時と決まる。
今日中に会えると思っていなかったので、仲崎のスピード感は嬉しい。
早速、車で喫茶店へ向かい、近隣のコインパーキングで時間を潰す。
ネットを検索したが、資料以上の情報は得られない。職業の性質からして、体験談や実例を宣伝に使うのは困難なのだろう。
一時半になって喫茶店の前へ移動し、日差しに炙られながら仲崎が現れるのを待つ。
画像で見たのと同じ顔が、さほど経たずに近づいてきた。
「仲崎さんですね? お電話した橋川です。ご足労ありがとうございます」
「暑いのに待たせてしまいましたね」
「いえいえ、私が慌てただけです。中へ入りましょう」
店の隅席に腰を落ち着け、仲崎の了承を得てボイスレコーダーを起動する。
お互い昼食がまだだったため、サンドイッチとコーヒーを頼んだ。インタビューは軽く食べながら雑談形式で行う。
業務内容を確認し、事実関係のチェックを済ませたら、いよいよネタ探しへと舵を切る。
「センシティブな仕事ですから、気を遣われるのでは?」
「そうですね。通告相手が、余命を予期しているとも限らないし」
「動揺されて、話が進まないことはありませんか?」
「何時間だろうと、落ち着くまで待って話すのが鉄則です」
患者、つまりは依頼者の余命は長くて半年、最短で二週間未満だったとか。
近しい妻子などへは、大抵が主治医から説明が行われる。仲崎が頼まれるのは離婚した元配偶者などが多い。
何らかの事情が無いと、通常なら他人を挟みはしないであろう。
「トラブルゼロとは、素晴らしい実績です」
「ああ、西凰ではね。他の病院ではありましたよ、問題事例が」
これに食いつかなければ、記者失格だ。
依頼者を特定し得ないように配慮すると約束して、詳細を話してもらった。
初恋の女性に死期を伝えてほしい、というリクエストは、確かに家族には頼みにくい。
同窓名簿から経歴を追跡して、他県へ引っ越した相手の住所を調べたそうだ。
既に結婚して高校生の子供もいる女性で、電話番号もメールアドレスも不明なため、仲崎は直接彼女の家へ出向いた。
興信所まがいの仕事でも、余命わずかな人物の願いなら無下に出来ない。
可能な限り依頼を受けるという仲崎の方針が、この時は裏目に出る。
依頼者はストーキング行為で有罪判決を受けており、目的の女性とは接触禁止を言い渡されていた。
過去の悪霊が訪問したようなもので、要件を告げられた女性は過呼吸を起こしてしまう。
ちゃんと通告した証拠として、女性からメッセージを貰うのが依頼達成の条件だった。ところが、これでは仲崎まで訴えられかねない。
なんとか彼女を宥め、通告書に署名を貰い、二度と連絡しないと誓って事なきを得る。
依頼者に経緯を報告した際にも延々と文句を言われ、辟易したそうだ。
「だからって、世を去り行く人間の願いです。自分勝手な要望でも、私くらいは味方になりたい。間違っていますか?」
「難しい命題ですね……」
少なくとも、仲崎が通告人の役割を誠実に果しているのは確かだ。
失敗も含めて正直に話し、どんな質問にも淀み無く回答する。
自分のやっていることに誇りを持っているのだろう、とこの時点では感じた。
しかし、記事足り得る立派な仕事だと思うものの、もう一押し欲しい。
余命を通告すると聞いたとき、もっとドラマチックなエピソードを連想した。
泣き崩れる家族、理不尽に怒る友人、遺す者への悲しい想い――。
仲崎の話には、そういった熱が薄い。
いや、これがジャーナリストの悪い性癖だという自覚はある。ウケるには、涙が必要だなんて卑しい思惑だと。
それでも、だ。仲崎へのインタビューだけでは勿体ない素材だ。
ここはやはり――。
「その通告業務、月に二回はあるんですよね?」
「大体それくらいの頻度です」
「次の予定日は分かりますか?」
「それは診断次第ですから。まあ、一週間以内にはありそうですけども」
「その機会に、ぜひ私も同行させてください。邪魔はしません、後ろから見るだけでいいんです」
「同行、ですか……」
仲崎は少し悩む素振りを見せた。押せば通ると見て、説得を畳み掛ける。
余命通告業を紹介するには、現場を実際に見る必要がある。取材したからには、必ず満足してもらえる記事にする。
そんな風に訴えたおかげで、最後は仲崎も同行を許諾した。
その後もインタビューは続き、採用してもいいネタをいくつか手に入れる。
隠し遺産を愛人へ渡した話は面白かったが、法的にマズいかもしれない。編集長に諮った方がよいだろう。
途中、一度だけ仲崎の様子に引っ掛かりを覚えた。
この仕事を始めた理由は? と尋ねたところ、彼は珍しく口を閉じ、暫し返答に詰まる。
それ自体はともかく、沈黙後の答えに違和感があった。
「……しなければいけない、と。やるべき仕事だと感じたからでしょうか」
「天職だと? 何かきっかけがあったんですか?」
「特には。ある日、思い立ったんです」
まだベテランとは言えない俺でも、様々な人間に取材して、他人の言葉には敏感になった。
どういった感情を乗せて話しているのか。裏に含んだ意味は何か。
仲崎の言葉はかなり分かりやすい部類で、自分の判断に自信はある。
彼は嘘をついた。
通告業を始めたのには、何か特定のきっかけがありそうだ。このことは頭の片隅に記憶しておく。
インタビューを終えたのは夕方で、もう日が沈みかけていた。
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