03. 決断
◇
水の周りには、放っておいても虫たちが集まる。
黒虫――ニョロによればコオロギ――を食べて飢えを
ニョロが初めて来たときは、池にカエルもいたらしい。
残念ながら全て彼の食事になってしまい、現在は一匹もいない。
今でこそ干上がりかけた池でしかないここも、水が豊富であればどこかへ流れ行く小川だったようだ。
軽く凹んだ溝と、そこに転がる丸石は、他の場所では見ない川の名残りであろう。
「ここを辿って行けば、ちゃんとした川が在ると思うんだがなあ」
「何も見えないよ?」
「遠いのは間違いないな。とりあえず、虫集めだ」
「うん」
二匹は協力して狩ることを覚えた。
ブチが虫を追い立てて、待ち受けたニョロが噛み殺す。
騒がしいブチは陽動に向いているし、ニョロは草に紛れて隠れるのが得意。
それなりに効率よく役割を分担して、毎度コオロギを数匹ずつ確保していった。
とても満腹にはなれない量ではあるが、水がいつでも飲めるだけマシだろう。
ニョロは夜が苦手らしく、日が暮れると朝まで寝てしまう。
冷えると動きづらい、という愚痴を聞いたブチは、自分の腹の下で寝ることを提案した。
やや難色を示したニョロも毛皮の魅力には抗えず、二匹は身を寄せ合って眠るようになる。
“あなたもいずれ、独りで生きないといけない”
ブチの母は、口癖のようにそう説いていた。
“いつも誇り高くいるように”
言葉の意味はまだ分からないが、覚悟はしていたし、言い付けは守れていると思う。
母の子として、恥ずかしいことはしない。
夜になると寂しいのは秘密だ。
ニョロが現れて、その心細さはちょびっと薄れた。
二匹が知り合ってから、十回目の夜。
ブチは目がおかしい、とこぼす。
痛みはないのでさっさと寝たのだが、翌朝、ブチの顔を見たニョロは仰天した。
「おまっ……目が腫れてるぞ! ほんとに痛くないのか?」
「うん、ボヤッとして見にくいだけ。すぐ治るんじゃないかな」
そう言えば、とブチは母の注意に思い当たる。
虫を食べていると、体調を崩すことがあるらしい。変なしこりが出来たり、目が腫れてしまったり。
肉を食べてしっかり休めば、勝手に治るとは教えられた。
その肉が手に入らないので、ここは食事抜きで休むしかあるまい。
「なんだよ、お前は虫じゃダメなんか。さっさと言え」
「だからって、虫しかいないじゃんか」
「そりゃそうだが……ともかく、治るまで寝とけよ? 腫れ方が尋常じゃねえ」
目玉が膨らんで飛び出しており、ニョロには平然としているブチが信じられない。
痛くないのかと、同じ質問を何度も繰り返した。
伏せて寝るブチを気にしながら、ニョロは狩りへ出掛ける。
しばらくして戻り、ブチがじっとしているのを確かめたらまた茂みへ。
それを何度か繰り返した昼下がり、ブチの前にはニョロが
「これは……?」
「虫が食えねえなら、葉っぱにしとけ。柔らかそうなのを選んどいた」
「ありがとう。ニョロも食べたの?」
「俺様が草なんて食うかよ。全部お前のだ。ほら、ガブッといけよ」
ブチも葉は好きではないし、そうでなくても量が多い。
しかしニョロの努力を無駄にするのも気が引けて、むしゃむしゃ緑の食事に取り掛かる。
ニョロが眺めているものだから途中で吐き出すわけにもいかず、結構な時間をかけて食べ切った。
口の中に残る臭いが強烈で、池の水で流そうと立ち上がる。
「動いて平気なのか?」
「心配し過ぎだよ」
味は最悪でも、ひとまずブチの腹は膨れた。
となれば、また眠気が
目だけでなく、頭がぼうっと鈍く、いくらでも寝られそうではあった。
夕方にはニョロも休むことにしたらしく、定位置の腹下へ潜り込む。
そのまま二匹は、翌の日の出まで眠り続けた。
目覚めたニョロが、腫れの引いたブチの目を見て歓声を上げる。
「よかったなあ、おい。一日で治るもんなんだな」
「そう言ったでしょ。頭もスッキリしたし、もう大丈夫」
「よし。じゃあまあ、気合い入れ直していくか」
「狩りだね。今からやる?」
「虫はダメだ。お前には、やっぱり肉が必要なんだ」
怪訝な顔をしたブチに合わせて、ニョロは鎌首を持ち上げた。
小さな黒目が、決意の表れなのか縦に細められる。
「ここを移動しよう。川になら、魚や小鳥だっているぞ」
「池にはまだまだ水があるよ? 待ってれば雨が降るかも」
「降らなかったらどうするんだ」
体力がある内に移動しないと、手遅れになる。
やがて虫を食べ尽くし、池も乾いて消えるだろう――その意見に、ブチも渋々賛成した。
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