03. 決断



 水の周りには、放っておいても虫たちが集まる。

 黒虫――ニョロによればコオロギ――を食べて飢えをしのぎつつ、ブチたちは付近を探索した。


 ニョロが初めて来たときは、池にカエルもいたらしい。

 残念ながら全て彼の食事になってしまい、現在は一匹もいない。


 今でこそ干上がりかけた池でしかないここも、水が豊富であればどこかへ流れ行く小川だったようだ。

 軽く凹んだ溝と、そこに転がる丸石は、他の場所では見ない川の名残りであろう。


「ここを辿って行けば、ちゃんとした川が在ると思うんだがなあ」

「何も見えないよ?」

「遠いのは間違いないな。とりあえず、虫集めだ」

「うん」


 二匹は協力して狩ることを覚えた。

 ブチが虫を追い立てて、待ち受けたニョロが噛み殺す。

 騒がしいブチは陽動に向いているし、ニョロは草に紛れて隠れるのが得意。

 それなりに効率よく役割を分担して、毎度コオロギを数匹ずつ確保していった。


 とても満腹にはなれない量ではあるが、水がいつでも飲めるだけマシだろう。

 ニョロは夜が苦手らしく、日が暮れると朝まで寝てしまう。

 冷えると動きづらい、という愚痴を聞いたブチは、自分の腹の下で寝ることを提案した。

 やや難色を示したニョロも毛皮の魅力には抗えず、二匹は身を寄せ合って眠るようになる。


“あなたもいずれ、独りで生きないといけない”


 ブチの母は、口癖のようにそう説いていた。


“いつも誇り高くいるように”


 言葉の意味はまだ分からないが、覚悟はしていたし、言い付けは守れていると思う。

 母の子として、恥ずかしいことはしない。

 夜になると寂しいのは秘密だ。

 ニョロが現れて、その心細さはちょびっと薄れた。


 二匹が知り合ってから、十回目の夜。

 ブチは目がおかしい、とこぼす。

 痛みはないのでさっさと寝たのだが、翌朝、ブチの顔を見たニョロは仰天した。


「おまっ……目が腫れてるぞ! ほんとに痛くないのか?」

「うん、ボヤッとして見にくいだけ。すぐ治るんじゃないかな」


 そう言えば、とブチは母の注意に思い当たる。

 虫を食べていると、体調を崩すことがあるらしい。変なしこりが出来たり、目が腫れてしまったり。

 肉を食べてしっかり休めば、勝手に治るとは教えられた。

 その肉が手に入らないので、ここは食事抜きで休むしかあるまい。


「なんだよ、お前は虫じゃダメなんか。さっさと言え」

「だからって、虫しかいないじゃんか」

「そりゃそうだが……ともかく、治るまで寝とけよ? 腫れ方が尋常じゃねえ」


 目玉が膨らんで飛び出しており、ニョロには平然としているブチが信じられない。

 痛くないのかと、同じ質問を何度も繰り返した。


 伏せて寝るブチを気にしながら、ニョロは狩りへ出掛ける。

 しばらくして戻り、ブチがじっとしているのを確かめたらまた茂みへ。

 それを何度か繰り返した昼下がり、ブチの前にはニョロがむしってきた葉が積み上がった。


「これは……?」

「虫が食えねえなら、葉っぱにしとけ。柔らかそうなのを選んどいた」

「ありがとう。ニョロも食べたの?」

「俺様が草なんて食うかよ。全部お前のだ。ほら、ガブッといけよ」


 ブチも葉は好きではないし、そうでなくても量が多い。

 しかしニョロの努力を無駄にするのも気が引けて、むしゃむしゃ緑の食事に取り掛かる。

 ニョロが眺めているものだから途中で吐き出すわけにもいかず、結構な時間をかけて食べ切った。

 口の中に残る臭いが強烈で、池の水で流そうと立ち上がる。


「動いて平気なのか?」

「心配し過ぎだよ」


 味は最悪でも、ひとまずブチの腹は膨れた。

 となれば、また眠気がり返す。

 目だけでなく、頭がぼうっと鈍く、いくらでも寝られそうではあった。


 夕方にはニョロも休むことにしたらしく、定位置の腹下へ潜り込む。

 そのまま二匹は、翌の日の出まで眠り続けた。

 目覚めたニョロが、腫れの引いたブチの目を見て歓声を上げる。


「よかったなあ、おい。一日で治るもんなんだな」

「そう言ったでしょ。頭もスッキリしたし、もう大丈夫」

「よし。じゃあまあ、気合い入れ直していくか」

「狩りだね。今からやる?」

「虫はダメだ。お前には、やっぱり肉が必要なんだ」


 怪訝な顔をしたブチに合わせて、ニョロは鎌首を持ち上げた。

 小さな黒目が、決意の表れなのか縦に細められる。


「ここを移動しよう。川になら、魚や小鳥だっているぞ」

「池にはまだまだ水があるよ? 待ってれば雨が降るかも」

「降らなかったらどうするんだ」


 体力がある内に移動しないと、手遅れになる。

 やがて虫を食べ尽くし、池も乾いて消えるだろう――その意見に、ブチも渋々賛成した。

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