04. 捜査官

 実物と同じくVRにおいても、銃は厳格なデータ保護がされている。

 発射の痕跡や履歴は本体に記録される仕様で、他所から銃データをコピーしてきたなら、その機能は搭載されたままだ。


 とは言え、技術のある者が本気で改竄したなら、記録はクリアされてしまう。

 所詮、銃もゲーム上のデータに過ぎず、ヒツジの回答にさしたる意味は無い。


 より重要なのは、コーギーの判定だろう。

 コーギーがミケネコと組んでいたなら、ネコを庇う嘘もつく。

 ウサギ自身が銃を手に取れば、銃の真贋が容易に判明するのだが、アイテムはその所持者しか触れることが出来ない。


 そこでウサギは、嘘発見器を持ち出した。

 コーギーらの嘘を暴こうとしたこの行為は、ウサギの立場を推察するヒントだ。

 彼もまた、エルゴのルールに縛られている。

 この空間を支配しているかのように振る舞うウサギも、万能の存在ではないと知れよう。


 今回のエルゴでは、ウサギに不利な要素が一つ存在する。それも特大の不利が、ゲームに参加していた。

 仮想領域犯罪捜査官、真崎まざき涼也りょうや。通称、転送捜査官と呼ばれる彼は、VR内での犯罪を取り締まる。

 ゲーム上の役割ではなく、逮捕権限を持つ真正の刑事だ。

 ウサギとヒツジの問答に、真崎は耳を澄ます。


「この部屋には、ヒツジの仲間がいる?」

「え、あの……仲間?」

『質問が曖昧です。“仲間”を定義してください』


 仲間がいるかいないか、それだけを端的に問うウサギのやり方は正しい。

 誰と誰が仲間か、などと具体的に尋ねていては、手間が倍増する。

 ところが残念なことに、マスターは返答に詰まるヒツジの味方をしてしまった。


 発言はルールに則って行い、マスターの指示には従うウサギ。

 マスターは厳格なゲームプログラムであり、ウサギをも支配するとすればどうなるか。

 大きなルール違反を犯せば、ウサギもペナルティーを課される可能性があるのでは。


 二人の発言を聞きつつ、真崎は頭の中で状況を整理する。

 エルゴプレイヤーが次々と昏睡した事案は、かなり早い段階で警察の目に留まった。

 小津マリエの一件も捜査対象となり、自宅で眠り続ける彼女には、真崎も直接対面している。


 いくら高電圧を擬似体験したからと言って、健常者なら昏睡まではしないだろう。

 マリエが倒れたのは、元より精神が不安定だった上に、神経系に障害を抱えていたからだ。

 本来、彼女はフルダイブで仮想空間に接続していい人間ではなかった。


 ウサギの言葉によって、犯人はマリエの関係者であると確定したが、まだ疑問は多い。

 アンリミティッドのエルゴは、サーバーを運営する個々人が参加者を募集し、互いに接続し合った小グループが形成される。

 ウサギがプレーヤーを募ったホストなのは、間違いない。

 そのホストサーバーがどこに在るか辿れれば話は簡単なものの、厄介なことにこの裏エルゴ、接続先の偽装にかけては一級品であった。


 外部から接続状況を把握するのは困難を極め、ログを入手してもどのプレーヤーが同一人物か識別しにくい。

 結局、今回のように実際にゲームへ参加して、そこに犯人がいるかを確かめるのが、一番手っ取り早い。

 ダイレクトに繋げられさえすれば、偽装解除も追跡もやりようがある。


 欲しいのは時間。

 最悪なのは、ゲーム開始直後にウサギが問答無用で全員を昏睡させてしまう場合。これは回避出来た。

 死神はエルゴを楽しもうとする――その事前情報通り、ウサギはマスターの指示するルール通りに動く。

 真崎が犯人を捕らえるためには、自分が排除されることなく、今しばらく時間を稼ぐ必要があった。


「貴女はミケネコの協力者ですか?」

「ノー。初めて会ったプレーヤーです」


 ヒツジが虚言を弄したかは、ウサギにのみアナウンスされたことであろう。

 ポリグラフと名が付いていても、ゲームアイテムの嘘発見器は非常にシンプルな造りだ。

 ポインターで指した相手の発言が真実か、判定結果のみが告げられる。

 一人に対して使用は一回限り、上手く働けば一発逆転も有り得るアイテムではあるが――。


 コーギーにも同様の質問がされ、やはりノーと回答された。

 ミケネコへの質問は、前の二人とは異なる。


「あなたは協力者と一緒に参加していますか?」

「ノー。茶番だな、八割の判定率なんてギャンブルだろ。俺は嘘なんて言っていない」


 そう、五回に一回は誤答される嘘発見器を、切り札に使うプレーヤーはまずいない。あくまで推理を補助する、お助けグッズである。

 ウサギはご丁寧にも、判定結果を皆に披露した。


「ヒツジとコーギーは真、ミケネコは偽。困りましたね、これでは矛盾してる」


 被害者は十八人、その数の多さから、死神は躊躇無く人を攻撃する凶悪犯だと目された。

 怨恨にしては、被害者は無差別に近い。

 しかし、死神のゲームから無事に帰還した者もいる。会えば即殺、などという乱暴な犯人とは違う。


 疑わしきは罰するとうたいながら、今もウサギは三人の処遇に悩んでいるようだ。

 ミケネコが挙手し、発言権を得た。


「無関係な人間は解放してるそうだな。あんたは根っからの悪人じゃない。少し暴走してるってだけだ」

「その認識は正しくもあり、間違ってもいる。私は冷静に復讐しています」


 一呼吸置き、ウサギは続ける。


「全てのチーターを罰するまで、私は止まらない。銃を持ち込むようなやからは、VRから追放すべきです」

「だからって、あんたもルールには従うんだろ? 俺たちを攻撃したらペナルティーを喰らう。じゃなきゃ、結局チーター同士のいさかいだ」


 ミケネコの指摘は、質問の形を取った。

 回答はイエス、ウサギもゲーム規則に従う意思を示す。


「チーターを罰するのに、チートは要らない。私はホストなのだから」

「……ああっ!」

『不規則発言です。次の警告でペナルティーを発動します』


 シロクマとアマガエルが派手に倒れたため、ミケネコはホスト権限の存在を忘れていた。

 自分のうっかり具合に気づかされ、ネコのヒゲが情けなく垂れ下がる。


 ホストが持つ権限、その筆頭と言えば、悪質なプレーヤーを退去させる強制追放バンだ。

 再接続禁止になるバン処置も、このゲームでは致命傷になり得る。

 強制ログオフ直前には、テーザーデータが送られるのだろうから。

 安全に退去するには、ゲームが終了するか、途中解散が選ばれるしかない。


「迷う時間が無駄ですね。確証が持てないのは残念ですが、もう終わりにしましょう。まず、ミケネコに消えてもらいます」


 いくら公正を装っても、ウサギの気分次第でゲームの決着はどうとでも変わる。

 はっきりと敵対したミケネコは、やはり追放処分と決めたらしく、ウサギはバン手続きを始めた。


 マスターへ向かって、ホストとしてタイムアウトを求めるウサギ。その要請が通った直後、ミケネコが椅子から跳ね上がり、眼前の銃を取る。

 皆が反応出来ない、ほんの一瞬の行動だった。


 ネコの手が、銃の側面にあるボタンを押し込む。

 アマガエルみたいに、銃口をウサギに向けたりはしない。

 ウサギの顔面目掛けて、ミケネコは銃を投げ付けた。

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