05. ゲームエンド

 身を翻し、床に伏せたネコを見て、コーギーとヒツジも彼の真似を試みる。

 形状はともかく、投げて攻撃する武器にそうバリエーションは無い。正しく反応した二人の退避行動は、だが間に合わなかった。


 爆音が室内に響き、ウサギは後方へ吹き飛ばされる。何かを告げるマスターの声は、轟く音が掻き消した。

 シンプルかつ高威力なチート武器、爆弾。

 対人戦闘ゲームでは定番でも、VR、それもエルゴに持ち込む馬鹿はそうそういない。


 狭い空間で爆風を浴び、ヒツジとコーギーも床を転がった。キャラクターが強靭なエルゴで無ければ、彼らも重傷を負っただろう。

 まともに喰らったウサギはそうも行かず、発光して消えたあと復帰してこない。

 いち早く立ち上がったヒツジが、部屋の様子を確認する。


「何これ……」


 ウサギが座っていた後ろ、白壁が一部崩れ、穴が空いていた。

 床も所々剥げて、木調のフローリングが覗く。

 爆発で生じたのであろうこれらの破断線は、虫の群れが疎密を繰り返すようにうごめいていた。


「爆発が酷くて、部屋のデータまで破損させたんだね。元々の部屋が露出してる」

「元々って?」

「ウサギはエルゴを改竄したけど、能力はそんなに高くない。加算・・しか出来ないみたいだよ」


 分かるような分からないような説明を終えると、コーギーはまた手元の端末をいじくり始める。

 発言許可を得ず会話しても、マスターから警告はされない。

 ホストの要求なら単独でもタイムアウトは受理された、と考えていいのか。

 否、ゲーム中断にはプレーヤー半数以上の同意が要るとするなら、マスターに障害が生じた故の緊急停止だろう。


 ミケネコは仰向けに倒れており、ヒツジは近くに寄って顔を窺う。

 目を開けたまま固まるネコは、まさに放置された着ぐるみだ。


「やっと終わった」と独り呟いたコーギーも、ネコの傍らに来た。

 コーギーが爪先で頬を押しても、ネコはされるがままである。


「意識不明だね。アマガエルと一緒」

「……ウサギは?」

「そろそろ帰ってくるんじゃない?」


 コーギーの予想は当たり、ウサギは爆発前の位置に現れる。

 但し、椅子が弾き飛んだのにも拘わらず、着席姿勢で再出現したため、派手にすっ転んで尻餅をついた。


「……まったく、酷い有様ですね。しかしまあ、これで銃だと判定されなかった理由は分かりました」


 胸から腹へとほこりを払う仕草を演じたウサギは、改めてヒツジたちへ向き直す。


「あなた方は嘘をついてなかった。一応、チーターとは無関係だとしておきましょう」

「じゃあ、解放してくれるの?」

「私はエルゴそのものを潰したくはない。自由に動けない者、社会から弾かれた者には、VRは欠かせざるインフラです。善良なプレーヤーまで排除しません」

「じゃあ、お前は排除対象だ」


 最後のセリフは、ヒツジが発したものではない。

 コーギーも端末を見つめたままだ。

 ウサギが彼らの左に視線をズラすと、銃を構えたシロクマが立つ。


「どうして……!? ログオフから復活するなんて」

「ログオフしてないからな」

「いや、ログオフ指示を出したのは私も聞いて――」

「ログオンって言ったんだ。マスターは反応してない」


 認識出来ないコマンドは無視されるだけ。あとは寝たフリを続け、真崎は機を窺った。


 死神を捕らえるため、真崎は二人の仲間とエルゴへ潜る。

 同じく転送捜査官の鳴海綾加なるみあやかがヒツジに、捜査協力者のナルがコーギーに扮した。

 ゲーム内部からなら、死神のサーバー位置は解析可能。ハッキングを得意とするナルが、ひたすら端末で割り出し作業に当たる。

 綾加と真崎は時間稼ぎを担当し、ナルの終了報告を待ち構えた。


 いつでも参加者を消せる死神相手に、無謀な作戦ではある。しかし、死神にも弱点があると、真崎は考えた。

 テーザーデータを送り、チーターを昏倒させたと死神は言う。

 これは、本当の犯行方法を隠すためのカモフラージュだと真崎は看破した。


「マリエが倒れたのは、本人が病弱だったからだ。他の連中にテーザーは効かない」

私の・・エルゴなら効く。そのように改竄したのだから」

「受け手側の接続器をいじくらないと、不可能だな。大体、お前にそこまでのハッキング技術は無い」

「馬鹿にするなっ!」

「お前はクラッカーとしては三流だ。他人が作ったものをコピーしただけで、一から空間を構築したりは出来ない」


 では、死神はどうやってチーターを処理・・していったのか。

 狙った獲物を自分に取り込んだと、真崎は推理した。エルゴ世界に接続させたまま、ログオフを許可しなかったのだと。


 意識を飛ばすほど深く接続させ、そのまま現実への帰還を妨害する。

 その上で無理やり物理的に切断でもしようものなら、テーザーで焼かれたように脳は沈黙するだろう。

 ただの犯罪者では不可能な、高度かつ大掛かりな攻撃。とは言え、初心者ハッカーにも原理自体は知られた手法だ。


「取り込みで昏睡させるのは、軍事VR技術なら聞く。諜報活動にも使うみたいだ」

「……個人でそれを実行したのは、私くらいのものだろう。私だから出来た!」

「普通は機材が無い。そんな取り込み機器は出回っていないからな。お前は禁忌を犯した外道だよ」


 複数の人間を取り込み得るうつわは、国家が管理する重要機密となる。

 そんなものを用意出来ようはずもない死神は、禁じられた技術を利用した。


「生体接続――人間の脳をサーバーにしたな?」


 大脳の共鳴性、発見されたのは近年で、未だ詳細は解明されていない。

 どんな実験が行われたのか誰も知らないが、直接繋いだ大脳同士は共鳴現象を起こし、一つに混じり合うらしい。

 幸か不幸か、この事象が引き起こした別件を、真崎は過去に経験済みだった。


 死神は脳にエルゴを刷り込み、サーバーとして使った。

 そんなことをすれば、サーバー化された人間の回復は絶望的となろう。


「到着したってさ」


 刑事たちが現場に踏み込んだと、ナルが教える。

 真崎の推理は、最後まで的中した。

 サーバーに使われたのは、一ヶ月前から行方をくらませたマリエの脳だった。


 真崎が面会に行って一週間後、田舎で療養するとマリエと親は街から引っ越す。

 その後の足跡が不自然に消去されていれば、彼の疑念を招くのは自然な成り行きだった。


「ホストコマンドを要求、バン対象を指定する――」


 ウサギの悪足掻きを、真崎の制圧銃が止める。

 撃ち出された高電圧弾は、ウサギではなく壁に直撃した。


『強制……退……去者の、のの名……』


 マスターのアナウンスは、通信障害さながらにぶつ切りで響く。

 高負荷が引き起こす、処理落ちラグ現象だ。


 優秀な大脳も、処理には限界がある。

 取り込んだ人数が増えれば、それだけ不安定となろう。ウサギはこれを嫌がっていた。

 ミケネコが使った爆弾が、そして真崎が連射する銃弾が、マリエの脳に悲鳴を上げさせる。


「こ……んな……」


 細切れたウサギの言葉は、断末魔に相応しい。

 コマ送りの世界はやがて暗転し、全てが黒く塗り潰された。

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