03. 持ち込みアイテム

 ヒツジの持ち込み品は、ポータブルタイプの試料検査器。遺留品や血痕があれば、その成分を分析出来る。

 ウサギは電子嘘発見器ポリグラフ。真偽判別の確度は八十パーセント、これを高いと見るか低いと見るか。

 刑事の権能が発動する以前から、コーギーは既にアイテムを手にしていた。事件情報にアクセス可能な、携帯端末だ。


 ここまでは、エルゴの通常ルールで選べるアイテムであり、どのプレーヤーにも馴染み深い。

 問題は残る三人が持ち込んだ物だった。


 アマガエル、ミケネコ、そして昏倒したシロクマの前に、電針制圧銃が置かれる。


「おやおや、犯人候補は三人もいましたか。予想してましたけどね」


 検査中は刑事にのみ発言権があるので、ここぞとばかりにウサギが煽った。

 やれ、シロクマが倒れたのは自業自得だったと。或いは、ミケネコも所詮、薄汚いチートプレーヤーだと。

 検査の終了を待って、ミケネコが発言を求める。


「テーザー自体はチートじゃない。アンリミティッドは、オリジナル形状の器具も設定出来るからな」


 替わってウサギが反論した。


「オリジナルで作れるのは形状だけで、機能まで再現しない。対人武器はチートそのもの。それとも、その銃は形ばかりの飾りだと?」

「イエス。針は出ない。試してもいいぞ」


 交互に発言する二人の横で、カエルは自分の銃を凝視する。

 何やらぶつぶつ唱えていたが、声が小さ過ぎてマスターも反応しない。


 やにわに銃を掴んだアマガエルは、皆が反応するより早く引き金を絞った。

 電極針はウサギへ飛び、その胸に突き刺さる。

 高電圧が暴れるバチバチという音と共にウサギの体毛が焦げ、白煙を上げた。


『重違反行為を確認。アマガエルにペナルティーを与えます』


 強制退場させます、が重違反への正しい通告だ。異例のペナルティーが何を指すのかは、すぐに判明する。

 先刻のシロクマを忠実に再現して、アマガエルは頭から机へ崩れ落ちた。

 ウサギは煙を残して消滅したかと思うと、数瞬経って何事もなかったかのように復帰する。


『ウサギが再ログインしました。ゲームを続行します』


 実のところアマガエルに限らず、過去にウサギと対峙したプレーヤーの中には、ゲーム内で攻撃を加えた者もいた。

 事件の凶器として用意されたナイフで刺そうとしたり、やはりカエル同様に銃を使ったり。

 どれも接続を一旦切らせただけに終わり、ウサギを排除することは叶わなかった。ゲーム上では単なる通信障害として処理されたと思われる。

 死神の異名は、この不死身性からも付けられたものだ。


 ショッキングな出来事も、繰り返せば慣れるのだろうか。

 ヒツジが恐る恐る手を挙げ、ウサギを指名して問う。


「退場しちゃったけど、アマガエルが犯人、ってことかな。これでゲームは終了だよね?」

「ノー。貴女とコーギーは、部外者かもしれません。しかし、まだミケネコがいる」


 今一度、ヒツジが質問する。自分たちが部外者だと言うなら、安全に退場させてくれないか、と。

 これへの回答もノーだった。


「選んだアイテムから考えて、ヒツジかコーギーのどちらかが鑑識だと推測されます。犯人の確定を手伝ってもらいましょう」


 十秒の間を空けて、ウサギはヒツジに検査を頼む。

 ミケネコのテーザーに発射の痕跡があるか、試料検査で調べろと言う。


 困り顔のまま依頼を受け入れ、彼女はミケネコの傍らへ歩んでいった。

 検査の間、コーギーへも指示が飛ぶ。


「あなたの端末は、テーザーに接続出来ますね? 発射記録を参照してください」

「へいへい。分かったよ」

『返答が不十分です。肯定の場合は、イエスと発声しましょう』

「イエース。妙なとこで細かいな、ここのマスター」


 黙して睨むミケネコは身動みじろぎせず、ウサギは腕を組んで首を振る。

 カウントダウンとでも言いたげに、左右に小さく、振り子のように揺れるウサギの頭。

 ヒツジの発言マークが点くと、揺れを止めたウサギが彼女の方へ向いた。


「発射の痕跡はありません」


 やれやれ、とウサギがオーバーアクションで両手を挙げた。

 この回答は予想の範疇らしい。


「テーザーを持ち込めるチーターだから、記録を残すようなヘマはしませんか。コーギー、発射記録は残っていましたか?」

「ノー、ん、いやノーでいいんだな。記録は無い。イミテーションの銃だし、接続自体が不可能だもん」


 これにはウサギも、眉根を寄せて困惑する。

 銃は飾りだというネコの主張が、ヒツジとコーギーによって立証された。

 だが、わざわざテーザーを模した武器を持ち込んだことに、ウサギはこだわる。


「ネコは無関係であれば、テーザーを作ってきたりはしない。あなたはマリエの事件を知っていたはずだ。そうですね?」

「イエス。調べるのに苦労したけどな。死神はテーザーデータを使うと聞いて、動機を推理したんだよ」


 ミケネコは発言権を取得し直すと、自分の意図を説明した。

 死神にやられたプレーヤーの一人が、彼の友人だったと言う。


 ネコの動機もウサギと似たようなもので、友人の仇討ちだった。

 謎の死神の噂を集め、過去の事件も調べて、その実在を確信した彼は、自分の手でウサギを倒すと決意する。

 アンリミティッドのエルゴに参加し、彼が目星を付けたチーターの動向を追い、同室に参加するべくゲームを続けた。

 半月に及ぶ執念が実った今日、ついにウサギと相見える。


「では、私を倒したいのが本心であって、マリエの事件とは関係が無いと?」

「イエス。しかしまあ、倒せそうにないな。このまま睨み合うのも不毛だ。解散を提案する」


 ウサギはミケネコを、どう捉えたのだろうか。不愉快に感じたのなら、ミケネコを昏倒させてお仕舞いにすればいい。

 ところが、困り顔のウサギは黙り続け、ネコの提案について思案する。


 シロクマもアマガエルも、ペナルティーを与えたのはマスターだった。ミケネコは、ウサギ自身に攻撃手段が無いと踏む。

 その賭けはどうやらネコの勝ちらしい。


「仕方ありませんね。邪魔者であっても、犯人じゃないとは。また改めて対策を――」


 言葉を切ったウサギは、十秒の経過を待つ。

 次に口を開いた時、ネコ以外の全員を回答者に指名した。


「どうやって私を倒すつもりだったのやら。偽の銃だと言うのは、やはりおかしい。とすると……」


 ミケネコからヒツジへ、ヒツジからコーギーへと、ウサギの目線が動く。

 最後に顔の向きをネコヘ戻し、ウサギはやっと質問に移った。


「あなたたち三人、いやアマガエルも含めて四人は仲間ですね?」


 ノー、と三人の声が唱和する。

 回答が必ずしも真実とは限らない。

 エルゴでは嘘が常套手段、自分に不利益な質問に対して、馬鹿正直に答える者はいまい。


「当然、否定するでしょう。では嘘発見器を使用します」


 ペンポインター型の機器を持ち上げたウサギは、ヒツジから順に簡単な問答を開始した。

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