02. スタート

 暫しの沈黙を破り、ウサギは討議を再開しようと挙手する。

 それに食ってかかったのは、やはりと言うかシロクマだった。


「テーザーのデータ? はっ、馬鹿馬鹿しい。仮にそんなもんを送り付けられても、こっちの接続機の方が拒絶するさ」

「試しますか?」

「ああ、そうする。やってられっかよ」


 すかさず「やめておけ」と、ミケネコが制す。ウサギの言葉は本当だ、そうネコが受け合った。


「聞いたことがあるんじゃないか? “白部屋の死神”、こいつのことだ」

「……噂は知ってる。白い部屋にプレーヤーを誘い込んで、狂わせる悪魔だろ」


 だがそんな怪しげなネット伝説は、枚挙に暇が無い。

 曰く、ファイバー線を伝って伝染する呪いだとか、VRを介して洗脳してくる魔人だとか。

 通信技術が高度に発達した結果、逆にオカルトな噂はネットを題材にして増殖した。


「だからって噂は噂だ。こいつは死神の話を真似た愉快犯だよ」

「いや、実際に犠牲者が出ている。この二ヶ月で、もう十八人が病院送りになった」

「……なんでそんなことを知ってる? あんたもウサギとグルじゃねえのか?」

「俺はウサギを始末しに来た。協力してくれ」


 ミケネコのセリフを聞いて、ウサギが低く喉を鳴らす。表情からすると、どうも面白がっているようだ。

 椅子の背もたれに身を預けたシロクマは、ウサギとネコを交互に眺める。


「どいつも信用できない」

「様子を見てればいい。悪いようにはしない」

「ネコが飴役か? うぜえよ、お前ら」

「早まるな。脳を焼かれたくはないだろ」

「ログオ――」


 シロクマは退場を告げるや否や、顔面から机に突っ伏した。

 正規のログオフなら、マスターによる通知と共に淡く発光した身体が霧散するはず。

 電池が切れたように倒れることはないし、何秒もそのままキャラクターが部屋に残るのも異常事態だ。


 跳ね立ったヒツジは、テーブルから離れるように後退る。

 こんな退場方法を目の当たりにする機会は少ないが、知識としてなら皆も原因に覚えがあった。

 接続を維持したまま意識を失うと、今のシロクマの如くVR空間に取り残さる。


「まさか本当にショック死させた……」

「死んじゃいません。意識を刈り取られただけです。言ったでしょ?」

「殺したのと一緒じゃない! 何なのよ、何がしたいの!?」

「座りなさい。ゲームをしたいんです」


 ウサギに逆らうと殺されかねない――ヒツジのそんな懸念が、誇張された表情から如実に伝わった。

 顔が青く変色して見えるのも、エルゴならではの演出であろう。


 立ちすくむヒツジへ、もう一度ウサギが着席を促す。足を震わせつつも、彼女はその指示に従うしかない。

 それを一瞥したあと、ミケネコがウサギを睨んだ。


「ヒツジの言う通り、これは殺人と同じだ。やってくれたな」

「警告はしました。自己責任でしょう」

「復讐か」

「まあ、そうなりますね」


 マリエが最後に参加したゲームの記録ログは、接続機側にも残されていた。

 ログからテーザーを撃った犯人を探し、仇を取ろうというのがウサギの目的に違いあるまい。

 おそらくその正体は、マリエの友人か肉親といったところ。

 誰しもここまでは簡単に推理出来るが、そうすると疑問も湧く。


「復讐にしては、死神がった人数が多過ぎる。一体どういう――」

「質問をするなら、ゲーム再開です。よろしいですね?」

「……いいだろう」


 ミケネコが応じたことで、アマガエルも再開を承認した。

 先に賛成した三人に見つめられ、躊躇ためらっていたヒツジも最後には頷く。

 ラストはコーギー犬で、好きにしてくれと言わんばかりに肩をすくめた。


討議ディベートターンを開始します。発言者は挙手してください』

「じゃあ、俺から。ウサギに質問だ」


 ミケネコが最初の発言権を得て、頭上に赤い光点が現れる。ウサギには黄色いマークが灯り、回答者に指定されたのが示された。

 回答者は複数を指定しても構わないし、指定無しでもいい。

 指定された場合、必ずイエスかノーで答えなければいけない。そう、回答を要求した場合は、二択で答えられる質問をするのが鉄則だ。


「少女を殺した犯人に復讐するため、お前はゲームに参加した。白部屋の死神ってのは、お前のことだな?」

「イエス。マリエがテーザーを浴びたゲームには、八人が参加していました。その内の一人以上が、ここにいると考えています」


 イエス以外に何を話すかは、回答者の自由である。

 ウサギが聞かれてもいないことをベラベラと喋るのは、余裕の表れと見てよい。

 ゲーム上の演技ではなく、場を支配する強者の余裕だろう。


 連続発言を防ぐため、ミケネコは十秒間、発言権を得られない。

 代わりに話す者はいなかったため、静寂が続いたあと、再びネコに赤マークが点灯する。


「死神にやられた奴は、もう十八人もいる。お前は犯人以外も殺してるな?」

「イエス。いや、殺しちゃいませんけどね。犯人を炙り出すためには、いくらか犠牲も必要ですので」

「無差別殺人なんて、単なるサイコパ――」

『不規則発言です。警告三回でペナルティーを発動します』


 挙手を忘れたミケネコは、忌ま忌ましげに机を叩き、口をつぐんだ。

 今度は十秒を待たずに、ウサギが発言権を得る。

 回答指定は全員だ。


「疑わしきは罰する、それが私のやり方です。正悪なんでどうでもいい。無関係だと言うなら、疑われないようにしなさい」


 ここで一呼吸置き、ウサギの顔が全員を順に見回した。


「私は“刑事”です。異議はありますか」


 討議の冒頭において、刑事役が自身をそうと宣言する。これはエルゴの定跡である。

 返される反応には、大きく三種類ある。

 全員が否定し、刑事が不確定のまま進行するパターン。これはレアケースだろう。

 全員が認め、刑事役が確定するのもよく見る。

 別の人物も刑事だと名乗り出るパターン、これが最も多い。


 犯人捜査に加えて、刑事が自らの役割を証明する必要があり、そこに駆け引きが生じる。

 丁々発止のやり取りが、エルゴの醍醐味とも言えた。


 しかしながら、この時、ゲームを楽しもうという者は皆無――いや、ウサギしかいない。

 発言者が現れないことに、ウサギは満足げに微笑んだ。


『ウサギは刑事で確定しました。権能を解除します』


 身分が確定したプレーヤーには、その役割に応じた“権能”の使用が認められる。

 犯人以外は全員が権能を持つため、一人解除出来ないキャラクターが自動的に犯人となろう。

 アンロック戦法と呼ばれる勝ち筋だが、今のウサギには関係の無い話か。

 それよりも、ウサギは早速その権能を行使すると告げる。


「持ち込み品をあらためます。マスター、報告を」

『了解しました』


 刑事の権能、所持品検査。

 プレーヤーはゲーム参加時に、一点だけ任意のアイテムを持ち込んでいる。


 マスターがキャラクターとアイテムの名を呼ぶ毎に、机の上には持ち込んだ品が出現した。

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