01. エルゴ

 小学校の教室でも、もう少し広い。

 丸机とパイプ椅子が六脚、部屋に在るのはそれのみ。


 壁に嵌まった四角い枠は、窓のつもりだろうか。

 外が見えるでもなく、ただ区切られただけでは壁の装飾に過ぎない。

 その壁や床は一様に白く塗られており、不愉快ではないにしても実に殺風景だ。

 扉は一つ、銀光を鈍く放つドアレバーは、そこが出入り口であると主張する。ちゃんと開くかは、怪しいものだが。


 無料フリー討論ディベート型ゲーム、“エルゴ”に、大掛かりな舞台装置は必要無い。

 一ゲームに参加する人数は十人前後で、小一時間ほど部屋に閉じこもり、心理戦を経て勝敗が決まる。

 単純ながらフルダイブ式の最新ゲームには違いなく、延々とプレイし続けるプレーヤーもいるらしい。


 参加者には、自動的にゲーム上の役割が当てられる。

 刑事、鑑識といった捜査側。

 殺人鬼、共犯者などは犯人側。

 どちらにも属さないのが目撃者や、事件と無関係な第三者。


 参加人数が多ければ役割も増えるが、最低でも六人揃えばゲームは成立した。

 勝利条件はプレーヤー毎に異なり、刑事なら殺人鬼の確定を目指す。

 刑事が推理を誤り、別人を逮捕すれば殺人鬼の勝ちといった具合だ。勝者が何人になるかは、終わって初めて確定する。


 古典的なミステリ仕立てのゲームにしては、キャラクターは牧歌的である。

 ヒツジやクマといった着ぐるみなのだから、一見ファンシーなコミュニケーションゲームのようだ。

 真っ先に椅子へ座ったシロクマが、回りを見渡しながら首を傾げる。


「えらく無愛想な部屋だな。狭いし。バグってんのか?」

「これで合ってます。事件の状況説明ブリーフィングを始めましょう」


 やけに落ち着いたウサギに促されて、皆はともかくもテーブルを囲んで席についた。


 エルゴは殺人事件の説明で始まり、犯行現場で関係者が討議していく。

 遺体も殺害痕跡も見当たらない部屋が舞台では、シロクマが不審に思うのも当然だろう。

 極稀に発生する被害者ゼロの案件ケースなら、こんなシチュエーションも有り得るか。


 手掛かりが少ないと、犯人以外のプレーヤーには難度が上がる。

 展開のハードさを予期して、ヒツジは眉を顰めた。

 着ぐるみアバターは感情がオーバーに表現されるため、頭痛に悶えているみたいだ。


 他のプレーヤーをキョロキョロと観察するのはアマガエルで、コーギーは我関せずと手元の携帯端末モビいじくる。

 ウサギの対面に座ったミケネコは、目の前の草食動物を見据えて視線を動かさない。


 計六人、ルール上の最低人数でゲームはスタートした。

 各自の耳骨を直接ふるわせて、ゲームマスターから事件のあらましが語られる。


『犯行推定日時は、本年二月十四日の深夜。被害者は小津おづマリエ、女性、満十五歳――』


 この時点で、隣同士に座るアマガエルとシロクマが顔を見合わせた。

 時刻はともかく、年まで正確に指定されるのは珍しい。

 今年のバレンタインデー、そこにヒントがあるのかと、彼らは続きに耳を傾ける。


『自室でVRゲームに没頭していた被害者は、プレイ中に意識を混濁させたと思われる。翌朝八時頃、昏睡する彼女を父親が発見した』


 不登校が長引いた少女へ、親は在宅での受講を勧めた。

 実習や校外学習にも対応出来るようにと、高額の最新機器を与えたことが裏目に出る。

 揺り篭型のフルダイブ可能な機種は彼女の拠り所となり、より一層自室から出て来なくなった。


 快適な環境を手に入れたマリエは、これ幸いと日夜オンラインゲームに興じる。

 さすがに市販の高額ゲームは買い与えられなかったので、次々と無料の物を食い散らかしたらしい。


 アクション系よりも心理ゲームに強く惹かれた彼女は、中でもエルゴを気に入った。

 より刺激が強い物を求めるのは、若者のさがであろう。

 普通のエルゴに飽き足らなくなったマリエは、非制限アンリミティッドエルゴに手を出す。


『昏睡の原因はゲーム中の被弾ひだん。高電圧を浴びた経験がフィードバックされ、大脳内の信号が不活性化された模様』

電針制圧銃テーザーを持ち込んだプレーヤーがいたんだ……」


 ヒツジが思わず感想を漏らす。

 一旦ブリーフィングが開始したら、マスターの発言許可を得ないと喋ってはいけない。

 違反にはペナルティーが課せられるが、今回は幸いにも、囁く程度の独り言としてスルーされた。


 昏睡を招くようなフィードバック設定は、もちろん規制対象であり違法とされる。

 死亡が有り得るフルダイブゲームは存在しないし、負傷の危険があるものはライセンスが必須だ。


 アンリミティッドは取り締まられて当然なのだが、警察が優先するほど危険視はされていない。

 エルゴの場合、裏で出回っているのはR18版といった程度の刺激で、成人なら自己責任の範疇で済む話だろう。

 もっと過激な違法ゲームもあれば、凶悪なVR犯罪も起きている。

 アングラゲームを片っ端から摘発出来るほど、捜査機関は暇ではなかった。


 ブリーフィングが終わると、いよいよ本戦の討議ターンとなる。

 しかし、挙手したシロクマがタイムアウト、つまりは早速の休憩を要請した。

 これにヒツジとアマガエルも賛同したので、半数以上の同意という規定を満たし、ゲームの進行は中断する。


「メタな事件ってのも面白いけどよ。ちょっとおかしくないか?」


 エルゴ内でエルゴを題材とした事件を扱う――こんなケースは誰も遭遇したことが無い。

 いぶかしむシロクマへ、ヒツジも不安げに応じる。


「気持ち悪いし、私は抜けよっかな。シロクマはどうすんの?」

「俺も抜ける。妙な噂も聞くしな。オーソドックスなやつで、仕切り直そうぜ」


 彼らの発言を打ち消すように、ウサギが声を張り上げた。

 抜けるのは許されない、と。


「無断ログオフには、ペナルティーが課せられます」

「二十四時間の再接続禁止ってやつか? 皆が解散に同意したら、罰則は発動しないだろ」

「解散は選択肢にありません。それに、ペナルティーも違う」

「はあ? そりゃ、ウサギがゴネるなら解散は出来ねえけどよ……。罰則が違うってのは?」

「テーザーです」


 言葉の意味を図りかね、皆の視線がウサギへ集まる。


「逃亡する者は、マリエが味わったテーザーを食らう。そうですね、マスター?」

『ログオフ申請をした者へ、先に被弾データを送信します。二月十四日の事件を再現したものです』


 楽しそうに口を歪めるウサギも奇怪なら、通常の進行を逸脱したマスターも異様だ。

 電気ショックで脅すゲームなど、あってたまるものか。何もかもがおかしい。

 これはエルゴであってエルゴではない、そう皆は確信した。

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