4. 母
新田の作品には射出機が不可欠であり、それを制作するのは今もカディテックである。
社の開発施設が神戸にあるため、新田も近隣にアトリエを構えた。彼や関根の住まいも、アトリエへ歩いて通える同じマンション内に在る。
どちらも独り暮らしだが、実家から遠く離れた新田と違い、関根の親元は近い。
火曜の夜遅くに兵庫県警本部へ顔を出した桂木は、翌の早朝から各所で聞き込みを始めた。
午前中はアトリエやマンション周辺の住人に、普段の二人への印象を尋ねる。
彼らが近隣と
新田はアトリエに引きこもりがちで、人付き合いが悪い。ただ芸術家と知れた人物なため偏屈なのも当たり前だろうと、それを咎める者はいなかったらしい。
たまに川べりを散歩する二人を目撃した主婦は、寄り添うように歩く仲良しさんだったと証言した。
一回りした後は、その足で関根の実家を訪問する。
午後からの本葬を控え、父親は葬儀会場に詰めており、家には母が一人で戻っていた。
「こんなタイミングで申し訳ありません」
「刑事さん……。何か知らせが?」
「二、三、改めてお伺いしたいことが」
彼女は息子の写真を取りに来たのだと言う。棺に入れて、一緒に焼くのだと。
関根が亡くなる前、彼女とは病院で顔を合わせ、最近の仕事ぶりなどについて既に話を聞いていた。
今日はもっと昔のことを知りたいと言う桂木に、母は少し困った顔を作る。
「そう言われましても、何から話してよいものやら」
「カディテックに入社されたのは、やはりエンジニアになりたかったからですか?」
「物理の得意な子でしたので。でも、好きなのは美術だった」
「美術……絵を描いてたとか?」
「ええ。小さい時から、暇を見つけては筆を握ってました」
そんなに上手くはなかったけれど、と、この時初めて彼女は小さく微笑む。
中学校では賞ももらった関根も、高校に上がったくらいで絵を描くのをやめた。
素直に成績の良かった理数に打ち込み、工学部へ進学し、卒業後にカディテックへ就職する。
アーティスト支援事業が企画された時、彼は自ら志願して担当を引き受けた。
縁が切れたと思った美術に関われることを、殊の外、喜んでいたそうだ。
「たまに帰って来ると、ほんと楽しそうで。新田さんの話をよくしてました。才能のある人だって」
「仲違いした様子とかは?」
「全然。あの人を世界に売り出すんだと、熱っぽく話してた。すごくやり甲斐のある仕事だとも」
関根の住居を見たいと申し出ると、母は一度奥へ引っ込み、部屋の鍵を持ってきた。
自分は同行出来そうにないから好きにしてくれと、彼女は鍵を桂木へ渡す。
関根の冥福を祈り、丁寧に頭を下げた彼へ、母親が声を低くして質問した。
「まだ刑事さんが調べているなんて、事故ではないのですか?」
「いいえ、形式的なものです」
「息子が誰かに
「来た私が言うのもおかしいですが、考え過ぎないでください。通例に
言い訳とともに背を向けた彼は、しかし、途中で振り返る。
「万一、万に一つですよ」
「はい」
「息子さんを手に掛けた者がいるなら、必ず法の場に引きずり出します」
「よろしくお願いします」
「礼には及びません。それが仕事ですから」
今度こそ話を終えた桂木は、関根の実家を後にして、最寄りの駅前へと戻った。
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