5. 聞き込み

 チェーン店のチキンカレーを素早く掻き込み、次に桂木はバスでカディテック新世代技術開発所へ向かう。


 所長には話を通してあり、かつて関根と働いたことがある者を順に面談室へ呼び出してもらった。

 関根が亡くなったと知らない人間が多く、経緯を説明する手間が増えて桂木も辟易する。

 昔の同僚とは疎遠になっていたようで、あまり有益な話は得られない。


 新田に関しては更に情報が少ない。

 データベースで検索してもらったところ、後援審査を通った直後は月に一度来所していたことが分かる。

 だがここ五年ほどメールでのやり取りだけで済まし、直接訪問した記録は無かった。

 カディテックとの手続きや懇親は、全て関根に丸投げしていたようだ。

 念のため、射出機の設計方針の変遷をコピーして、桂木のスマホへと送ってもらう。


 午後三時になろうかという頃、もう聞ける話は聞いたと、桂木はタクシーで次の目的地へ移動した。

 方角としては関根の実家へ戻る道の途中、彼が通ったという中学校がある。

 そこから百メートルほど離れた市民公園の前で、桂木は車を降りた。


 造園されたのは今から約二十年前、ちょうど関根が中学校を卒業する年だ。

 当時、役所が市民の描いた絵を陶板に焼き付け、それを公園を囲む外壁の内側へ埋め込んだ。

 市民コンクールで入賞した関根の絵は、この陶板画となって現在も残されている。


 公園の入り口から壁沿いに歩いた桂木は、最初の角近くで関根の名前を発見した。

 横幅は八十センチくらいあろうか。案外に大きな絵の下に、『虫の音』というタイトルも記される。

 スマホで絵を撮影しながら、彼は奇妙な一致に首を傾げた。


「似てやがる……。矢崎はこれを予想してたのか?」


 オレンジに茶色、白に深い緑。勢いよく弾かれた飛沫が、複雑な曲線を描いて絡み合う。

 ポロックを思わせる筆致ではあるものの、もう少し描きたいものは理解しやすい。

 時に渦を巻き、細かく上下に跳ねる絵の具の躍動は、地に満ちる旋律を連想させた。

 タイトルを先に見た助けも大きいが、桂木でもこれを虫の奏でる音を表した絵だと納得する。


 新田のライブペインティング、若い関根の入賞作、それに大昔のアメリカの作家。作風の類似がどんな意味を持つのかを考えつつ、桂木は街のあちこちを巡る。


 訪問先は二人の知人で、関根に至っては彼の高校時代の同級生とも会った。それに加え、もちろん新田の活動拠点も外せない。

 アトリエは中層ビルの一階を改装したもので、個人ギャラリーを兼ねている。この日は休業していたが、新田に雇われた責任者に開けさせて中を見せてもらった。

 バックヤードや事務室も一応は覗いたものの、金庫を開けさせるわけにもいかず、制作場で射出機や作品を撮影するに留める。


 日が沈み午後八時を過ぎると、風が冷えて襟を立てたくなる。

 この夜、最後の捜査は、関根と新田が住むマンションと決めていた。


 遅い時間を気にしつつ、マンションの管理人に一声掛けたあと、住民たちへ二人の顔写真を見せていく。

 エレベーターで関根と同乗した者が多く、大抵は満杯のビニール袋を提げていたらしい。

 関根の部屋は一階なので、上る用事と言うと五階の新田しか有り得ないだろう。


 午後九時、さすがに聞き込みが迷惑がられる時間を迎えて、桂木は五階へ上がった。

 新田は本人から、関根は母に入室の許可をもらっているため、住居を見る良い機会だ。

 あまり部屋をひっくり返さないでくれと新田には頼まれたが、礼状も無しにそこまで派手な家捜しをするつもりは無い。


 新田の部屋に入った桂木は、リビングやダイニングを撮影して回った。

 高額の現金や領収書、曰くありげな手紙などがあれば、一気に事件から犯罪の臭いが増すところであろう。しかし、それはハナから期待するだけ無駄というもの。

 部屋を探られるのに新田が逆らわない、これが重要だ。やましいことは無いという、彼のメッセージと考えてよい。


 銀行口座に関しては、既にシロの判定が下された。通り一遍の調査で隠し口座まで炙り出すのは難しとは言え、金絡みの事件だとは考えにくい。

 一般人よりやや支出が多いのは、デザインに凝った生活用具を購入しているせいか。

 他は堅実な生活で、高額品を買った形跡は無し。


 もっとも縁飾りの細かいテーブルや、いくつも据えられたキノコ型のスタンドライトの値打ちは、桂木が判定出来るものでもあるまい。

 パソコンのモニターは大型テレビ並に大きく、キーボードは手彫りでアルファベットが刻まれた木製だ。

 これらも全て撮影し、次に一階へと下りた。


 新田に比べて、関根の部屋は随分と乱雑だ。

 リビングの床には書類が投げ出され、シンクには洗っていない皿まで積んである。


 熱心な女性ファンも多いという新田と違い、関根が誰かと付き合ったという話は聞かなかった。

 この辺りが、部屋の片付けぶりに反映されているのかもしれない。


 意外だったのは、リビングの隅にまとめられたスケッチブックの山だ。

 傍らの作業机には、アクリル絵の具や筆も大量に置かれている。

 スケッチブックを一冊抜き出して開けると、どのページも色とりどりに塗られていた。

 アイデアスケッチと言うには手が混んでいて、一枚一枚が小さな作品として通用しそうである。


「関根の方が、よっぽど画家みたいだな」


 スケッチを一つずつ撮ったのでは、時間が掛かりすぎる。

 しばし迷った挙げ句に、桂木は一冊を借り出すことに決めた。

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