無意識の軌跡

1. 眺める男

 病室のドアをノックした桂木かつらぎは、返事を聞いて中へ入る。

 個室のカーテンは全開で、窓から望む青空が眩しい。

 男は枕を背もたれにして、外をぼんやりと眺めていた。


「取り調べですか?」

「いえ、今日は調子を伺いに」

「まだ頭が重い。血液検査に異常はなかったのですが、血圧が低いみたいです」


 ベッド脇の丸椅子に腰掛けた桂木は、頬のこけたアーティストの横顔を観察した。

 痩せているのは元からで、体調不良のせいではなかろう。薄い唇に細い眉、神経質だという性格が、そのまま顔立ちからも感じられる。


「残念なお知らせがあります」

「なんでしょう?」

「昼過ぎに、関根さんが亡くなられました」


 ゆっくりと振り向いた男は、顔をしかめて桂木を見た。

 人嫌いなのか、こうやってまともに向き合うのは珍しい。


 半開きの口が、言葉を発しようとしてまた閉じる。

 目を閉じ、項垂うなだれ、その姿勢でしばらく固まっていた彼が小さく呟いた。


「やり過ぎたんだ、あいつは」

「やり過ぎた、とは?」

「私を助けようとしなかったら、こんな事故・・は起きなかった」

「立派な行いだと思います」

「そう……ですね」


 一人にしてほしいと言われ、桂木は素直に席を立った。

 男は再び窓外へ顔を向ける。


 刑事に必要なのは地道な仕事を厭わない根性と、偏見を排した客観性だ。それは彼も骨身に染みていた。

 それでも、と、退出する際に桂木は男を見遣みやる。


 経験に裏打ちされていようが、勘は勘でしかない。だが、それもまた軽んじてはいけない力だろう。

 ほんの小さな刺を感じつつ、彼は病室のドアを閉じた。

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