5. 深夜

 老人は最初から事情を知っていて、狩り・・のために留守番を雇ったらしい。

 私の役割は家を守ること、なのか。

 いや、その説明にはどうも引っ掛かる。


 家に入られて困ることって何だ。

 貴重品があるなら、街へ持ち出せばいい。動かせない物があるにしても、赤の他人に守らせるだろうか。


 首を捻りながら土間へ引き返す途中、ノックに呼び戻された。

 思い直してくれたなら、ありがたい。老人には質問したいことだらけなのだから。


「なんで私が必要なんですか? 火の見張りくらい、ご自分でも出来そうなものなのに」

「入れてください」


 しゃがれ声を聞いて、一目散に暖炉へと駆ける。

 薪の追加は……まだ不必要。

 葉を一つまみ足せば、もうすることが無くなった。


 ノックは先より頻度が上がり、ほぼ一分間隔で繰り替えされる。

 叩く力も、少し強くなったようだ。


 居間に引っ込み、隅に畳んであった毛布でも被ってやり過ごしたい。

 逃避衝動を抑えるために、やたらと火掻きで暖炉をつついた。


 本当に炎が侵入者避けになるのかは、分からない。

 確かめる方法も無い。

 試しに火を消してみるわけにもいくまい。


 ひいらぎ――そんな名だったと思い出した葉は、効果があると感じられる。

 葉をくべた直後は、扉を叩く音が弱くなったから。


 籠にあった柊の葉は、見るからに量を減らした。

 ハイペースで使い過ぎたらしく、もうちょっと出し惜しみした方がいい。


 腕時計の針は、午前0時を指す。

 玄関を気にしながら、葉の枚数を大雑把に数えた。

 十分に一枚ずつ使う勘定なら、朝まで保ってくれるだろう。


 長い夜を予想して、気が滅入ってくる。

 さらに生理現象の追い打ちまで喰らい、駆け足でトイレへ走った。

 小用を済ませて急いで戻り、火の様子を確かめて一息つく。


 こうなると読書をする余裕など無くなり、地面に捨て置かれた本の表紙が、恨みがましく炎の暖色で光った。

 もうやめて、と頭の中で何度願ったことか。


 人間とは不思議なもので、同じ作業が繰り返されると、次第に感覚が麻痺してくる。

 乱暴なノックが響く度に肩を竦めていた私も、午前二時を回った頃には、扉を一瞥して済ませるくらいになっていた。


 ノックの回数が減り出すと、冷静な思考も復活する。

 ついさっきまでは異様な出来事に動揺して、不安に潰されそうだった。でも、朝まで我慢すればいいことでは。


 日が昇れば、大金を携えて山を下りればいい。街へ帰り、今夜の出来事は忘れてやろう。

 老人が何者で、どうなろうが知ったことか。


 彼に敵意が芽生えたのは、留守番の理由を考察したからでもある。

 訪問者の目的は家ではなく、私かもしれないと考えた。そう推理すると、いくつもの筋が通る。


 老人は狩りをしていると言った。今日この日が、その相手が現れる期日なのだろう。

 では、私が狩りに役立つとすれば、どんな役回りか。

 拠点の確保にしては、ここに老人が立ち寄ることはない。

 家を守るつもりなら私では力不足だし、もっと手順を教えてもらえるはずだろう。


 餌なのでは。多分、私は何か・・を引き寄せる餌だ。


 家に集まるモノを、老人が狩る。または私を囮にして、その隙に狩りを進める。

 常に天井から届く風鳴りはモノどもの咆哮か、或いは断末魔か。

 根拠の薄弱な推察ではあっても、私には得心の行く解答だった。


 午前四時、まだ目は冴えている。

 体力、気力は大丈夫だ。


 この時、冷えた空気を切り裂いて、甲高い鳴き声が轟いた。玄関ではなく、遥かに離れたどこかで発せられたものだ。

 終了を告げるときの声のようでもあり、ここから何かが始まる合図にも思える。

 固唾を飲んで、事態の変化に備える。

 願わくば、これで終わってほしいと、赤々と燃える炎へ懸命に祈った。


 五分が経ち、新たなノックは無い。


 十分、二十分と沈黙が続き、深く息を吐き出す。

 望みが叶ったと、しばらく目を閉じてしまう。


 身を強張らせて火を眺めていたのだから、どこも疲れていて当然だ。

 緊張が緩んだことで指の痛みに気づき、まぶたが腫れていることも自覚した。


 滲んだ目を開けて、火から視線を外す。

 玄関はその後、午前六時まで静けさを保った。

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